2017年5月26日金曜日

バーボンをちょっとまた飲みたくなっています。

「流眺さんはワーグナー聴く?」
『聴きますよ。好きです』
「誰が振ったのが好きなの?」
『クナッパーツブッシュなんか好きですね』
「ガハハ!すごいね。流眺さんの年でクナッパーツブッシュとは!」


いつもバーボンが好きで飲んでいたその人と会った、最初の頃の会話。
仕事ぶりがよくなくて、あんまり評判良くなかった人だったけど、
不思議とそんな感じでかわいがってもらえた。
年上だけど、フラットに付き合わせてもらった。

ワーグナーとジャズが好きだったその人が突然いなくなってしまいました。

最近、思い出のある人が次々といなくなって、
ちょっとなぁ…ってな感じです。

示す。わからせる。

必ずきちんと整備されていなければならない資料。
毎年中身を精査し、きちんと整備されていなければならない資料。
誰が手にしても、それを読めば全てがわかるというクオリティが必要な資料。
分担して作成するにも、様式や観点、内容に統一性が求められる資料。
そういうものが、私たちの業界にはある。
このとても重要な資料を、アリバイ程度にしか考えずに作り続けると大変なことになる。
方針が明確でない所に、具体性・実効性のある手立ては生まれない。

ここ数年でウチの職場のこの「資料」の内容は惨憺たるものに。責任の所在は明白。
上の人間が「形にはこだわらない」といった結果がこれ。
「とりあえずあるものかき集めて作ればいいから」といった結果がこれ。
「形にこだわらない」ことと「型をもたない」ことは違う。
内容の不統一、欠落、日本語の間違い、数字の間違い…無神経にもほどがある。
なるほど。これじゃいい仕事できるわけない。信用得られるわけがない。
私が来る前からゴタゴタ続きだったのも当然だ。


我慢できずに、今年はすべて手を入れました。
締め切りまでに原稿を上げない人間はあてにせず、一から作り直しました。
質の低下とともにページ数も減っていた資料は、倍のページ数で仕上がりました。
でも、必要なことを要点を整理し、読みやすく編集したので大丈夫です。
どこへ出しても恥ずかしくないレヴェルの資料です。

若手諸君よ。ぜひこれを読んで勉強しなさい。
「こうやって作ればいいんだ」と学びなさい。

年だけを無駄にとった諸君よ。これを読んで反省しなさい。
能書きだけで、何もできていない現実に打ちのめされなさい。


私はやりましたよ。できましたよ。
誰にも文句は言わせないぞ。

2017年5月24日水曜日

釣りに行きたい。

今年はヤリイカがめぐってこない模様。
一度も出かけないうちに、終わってしまうのだろうか。
私は地味にウキ釣りで晩酌の肴程度にしか釣らなかったけど、
誰もが発泡箱に詰めて地方へ発送していたほどの昨年の豊漁ぶりはいずこへ…。

代わりに今年は「ガヤ」が釣れまくっているそうだ。

正しくはエゾメバル。
昔はウジャウジャ釣れたそうだ。ゆえに「ガヤ」という俗称がついたとか。
今年はガヤガヤと釣れているらしい。
ワームという疑似餌をつけてキャスティングすると、1分以内に食いついてくる。
煮魚にすると実にうまい。ぶつ切りにして味噌汁にしてもうまい。

ただいま多忙につき、釣りへ行けない私。
明日あたり、残業放り出して夜釣りに出かけようかな。

2017年5月20日土曜日

本質

「流眺さんがいるから」

自分の仕事ぶりをかいかぶる気はないけれど、
わかる人はわかっている。見る人は見ている。

だから私は頑張れる。

2017年5月17日水曜日

天下の怒り役、目覚める。

「これが君らの全力かい?」


全校生と先生たちを前に、中途半端な、ぬるい頑張りを切り捨てる。
ウチの親分だったら、上っ面の褒め言葉や期待を並べ立てただろうに。
私はそこを見逃さない。許さない。放っておかない。
緩い雰囲気が支配し、教師も生徒も気が抜けた話し合いの最後に一言。
「先生お願いします」と司会を務めた生徒に、
「何を話せばいいんだい?」と問い直した後、本音を語った私。
「当たり障りのないことを話して場をしめればいいのかい?
 それとも本当のことを話してほしいのかい?どっちがいい?」
動揺するその子が「これからのためにお願いします」と返事を絞り出す。
それを受けて、淡々と語る。


「できないことをやれとは言わない。できるのにやらないのが問題だ」
「話し合いとおしゃべりは違う。楽しいこととだらしがないのは違う」
「君らを見て、よくやった、頑張れと応援する気にはならない」
「それぞれが役割を果たせない時、年が上の者ほど責任は重い」
「下級生よりも上級生、さらに周りで支える大人が強く反省すべきだ」


場が凍り付く。子どもも先生たちも青ざめている。
石を投げられようとも、絶対に引かない、譲らない覚悟で語る。
許せないことは許さない。決して曖昧にしない。
後に続く者を本当に伸ばそうと思う時、先を行く者はきちんと壁になるべきだ。

本当に叱ること。本当に叱られること。

「本当」を今日はちょっとだけ教えてあげました。

2017年5月4日木曜日

スイッチ入れます。

6連休の序盤2日を実質フルタイム勤務した私。
今日は意地で1日休みました。

ホントは上の人たちがやらなきゃいけないような仕事まで回ってくる近頃。
「それはアンタの仕事でしょ」ってこと、いっぱいあるんだけどね。
でも、ここ数日で腹くくった私。

完璧な仕事ぶりで、文句言わせねぇぞ。
力の差、見せつけて、デカい顔させねぇぞ。

結局のところ、やらない人間じゃなくて、やる人間が世の中支えてる。
やらない人間に、物を語る資格なんてねぇ。
ここは譲らねぇぞ。


見てるやつは見てる。誰の仕事か、誰のおかげか、ちゃんと見てる。
力の無さ、わからせてやるぞ。

2017年4月30日日曜日

古い記憶との再会

何がゴールデンだ!
…と近頃では憤慨することも忘れた流眺でございます。
連休はずっと留守番です。先にがっちりと休暇を取られてしまったので、なすすべなし。
2日から7日までの休暇なんですよ。今回、ウチの職場は。
3日から8日まで留守にすることを「後半休むから」とウチの親分は言ってのける。
1/2という分数の概念を再履修した方がいい馬鹿さ加減である。
ちなみにここ数年、北海道は五月連休の天候が今一つである。
理由は簡単。私が休めない連休だからである(笑)みなさんご苦労さん。

相変わらず忙しいんですけどね。少しずつ本は読むようにしています。
今は渥美清さんに関する本を読んでます。
あの人も「天才の孤独」の中を生きた人なんでしょうね。



少し前に出張があった折の話。
懇親会もセットされていたんですが、その流れでかれこれ三次会で行った店。
20年以上前の教え子が働いていてビックリ。「流眺!」と連呼されましたよ。
いろいろあって教室から足が遠のいていた子。担任にも懐けなかった子。
副担だったんだけど、随分と声をかけたらしい。
「らしい」と書いたのは、私の記憶以上に、その子が覚えていたから。

「〇〇先生に叩かれそうになったのを体張って止めてくれた。怒り返してくれた」
「その後、腹立ってこっそりコンクリの壁パンチしてたしょ。元祖壁ドン(笑)」

ずっと記憶の底に埋もれていた時間を、その子は鮮明に懐かしく語る。
「流眺、一生懸命だったよね。ホント世話になったよね。親になってホント思うよ」
今はシングルになって、少し障がいのある子どもを育てているという。
投げやりな言葉ばかり口にしていた女の子は、責任の重さと戦う大人になっていた。
大人同士の再会を約束して、午前3時に「看板」となった。

がんばれ、がんばれ。
俺もがんばる。

2017年4月1日土曜日

見送る。

4月1日はね、異動で島を出る人のピークなんですよ。
昨日、今日と2日続けて朝1便の見送りに港へ出かけて、
定番の色とりどりの紙テープをみんな手に持って、
それがもう隣の団体とも絡み合って、もとより団体と団体が入り混じって、
っていうか、それぞれの団体に知り合いがいるわけで、
文字通り、これは島をあげてのお見送りと言うわけで。

もう4回目のお見送りの季節なんで、慣れた感じもあるのですが、
今年は島の駐在さん夫婦と、教頭会のある仲間との別れにジンときました。
真に私のことを理解し、励ましてくれた人がまた行ってしまったなぁと。

みんなで船が小さくなるまで手を振って、
出ていく人も、島が小さくなるまで手を振って。

手を振りながら、私は必ずこぶしを突き上げるんです。
「さあ、頑張ろうぜ」って自分にも言い聞かせながら。

「プラトーン」のラストシーンのパクリみたいだけどね(笑)

2017年3月30日木曜日

顔じゃない。

横綱は、横綱らしい姿を見せられなくなったら退くべきだ。
この意見に私は賛成。

上に立つものは、それ相応の働きができなければ退くべきだ。
そう考えると、
やめなければならない、私よりも上の立場の人がかなりいる。

使えない奴だらけだ。

二桁勝てない横綱・大関レヴェルの印象しか残せない管理職なんか、
さっさとやめた方がいい。出る幕なしだ。顔じゃない。

お前が上にいたって、漬物の重しにもならないぞ。

2017年3月20日月曜日

卒業の風景

卒業式も無事終了。
3年生も全員が第一志望校に合格。心配な子もいたけど、めでたしめでたし。
「おめでとう。羽目を外さず、まずはきちんと入学すること。
 そして真面目に頑張って、立派に卒業すること」と子どもたちにはエール。

去年までいた小学校の卒業式も終了。
半年間、教室に入れなかった時間をサポートした子も無事に卒業。
最後の1年はしっかりとみんなの輪の中で過ごした。頑張った。
初めてみんなの輪の中に戻った第一歩は、外へ出かけた写生の時間。
遠くに戻ってくる船の影を見ながら、港の絵を描いていたあの子。
その小さな後ろ姿と一緒に私もその景色を描いた。
「帰る」と名付けたその絵を「完成したらあげるよ」と約束していた。
仕事に忙殺され、さらに職場を異動し、あと一歩のところで未完成だったその絵を、
先日完成させて、卒業式に届けてあげました。
「約束を守ります。この日が君の第一歩だったことの記念です」
担任が記念写真を撮る中、絵を手渡す私と、笑顔のその子の姿を見て、
お母さんは泣いていました。

翌日、休日出勤していた私の所へその子と両親がやってきました。
恐縮するほどの丁重な御礼と、その子から手紙をもらいました。
「私を支えてくれて、ありがとうございました」と見慣れた文字。
当たり前に仕事をしただけなんだけどね。うれしいね。

家族で相談して、島の中学校へは進まないことにしたその子。
これも縁というべきか、選んだ学校は何と私の母校。
そのまま島にいたら、私の勤務校に来たはずだっただけに複雑な表情のその子に、
ユーモアたっぷりに祝福の言葉を贈りました。

「同窓会を代表して、あなたの入学を心から歓迎します。おめでとう!」

2017年3月7日火曜日

27年をこえて。

列車に4時間ちょっと揺られて、学生時代を過ごした街へ久しぶりに出かけました。

前回の記事で書いた通り、大学の恩師の退官記念の集まり。
先輩たちや後輩たちと27年ぶりの再会でした。
3つ上の先輩たちは、こちらがしっかりと覚えていたことに感激していました。
そりゃあもう、3つ上ともなると忘れられませんよ。学生の縦のつながりでは(笑)
そうは言いつつ、こちらも後輩にしっかりと覚えていてもらえてうれしかったりして。

120人ほどが集まった会だったので、みんな次々と先生のもとへと。
話すことができたのはほんの1~2分ほどでしたが、
あの頃と同じように「お疲れさまでした」と言葉を交わせて、少しジンときました。
お酒が苦手な先生は、昔と変わらず二次会の前に消えてしまいました。主役なのに(笑)
当日、たぶん一番遠くから駆けつけたであろう私を見て、喜んでくれたのが何より。

卒業の時に14人いた同期は、今回は私も含めて4人が参加。
久しぶりだからと昔も行った店で三次会。
4人中3人が教頭になっていて、昔話よりは苦労話が多かったかな。
話し足りなくてバーへ場所を移して四次会に。宿に戻ると日付が変わっていました。

学生時代にお世話になった教官4人のうち、これで3人が退官。
残る1人も来年の3月で退官とのこと。1年後は再び、集まりが催される運びに。

学生時代は本当にずいぶんと遠い日のことになったんだなぁと誰もが感じつつ、
来年は声を掛け合って、1人でも多く集まろうと約束して、
あの頃かなり背伸びして飲んでいたウイスキーを4人で飲みほしました。

ある日、ある時を一緒に過ごして、
ただそれだけのことでも懐かしく思えて。

誰もが振り返る機会に恵まれるわけではないこともわかっているからこそ、
唯々、懐かしく、ありがたく思えた3月の雪の日。

2017年3月1日水曜日

先生に会いに。

3月になりました。
ご無沙汰しております。流眺でございます。


大学を卒業して27年になると気付いた先日。
お世話になった先生が退官を迎えるとの知らせ。
当時は「助教授」で、そのうち「准教授」と呼び方が変わって、
いつの間にか「教授」になって。
そうこうしているうちにこっちは「教頭」になって(笑)

変わり者の先生でね。口数は少ない、というか口下手。威厳、まるでなし。
学生にはちょっとなめられていたくらいにして、みんな平気で講義さぼっていた。
いつだったか、その先生の講義に行ったら私ひとりでね。
先生、特段腹も立てずに「せっかくだから」と2人であれこれ実験して遊んだ。

4年になったら研究室の鍵を1人だけ預けられた。
机は一番、大きな机をあてがってくれた。
先生よりも早く研究室へ行き、実験を始めて、
先生が来たら、朝一番で入れたコーヒーを出して。
帰りはいつも私が最後で、先生は早々と「じゃ、お先に」と帰って。
他の学生が研究室で音楽を聴いていると黙ってそれを止めに来て、
私が聴いているときは決してそんなことはなくて。
薬品の営業が来たら、「必要なものがあったら注文しなさい」と言ってくれて。
使い終わったドライアイスは捨てずに、いたずら用に私にくれて。
卒業論文はみんな6,7で私には9をくれて。
結婚式に招待したらきちんと来てくれて、
他の誰の時にもきっと行っていないだろうと。第一、みんな呼んだのだろうかと。
あれはひいきだったのか、かわいがってくれていたのか、
認めてくれていたのか、単に波長が合ったのか。

卒業してからずいぶん経って、小包が送られてきて、
開けると私が書いた卒業実験のデータと論文が入っていて、
「これは君の手元にあった方がいいと思うので、返します」と書き添えてあって。
そんなことしてくれる先生って、他に聞いたことがなくて。

振り返ると、私を無条件に認め、受け入れてくれた人はそんなにいなくて、
先生はそんな数少ない人の一人だったに違いないと。

どちらかというと影が薄くて、他の先生たちの方が人気があって、
今回も「ごめん、都合がつかなくて」という声がいくつも聞こえてきて。
私は決して暇なわけじゃないけど、
ごくごく自然に「行かなくては」と思ったわけで。
これから先、ひょっとしたら会う機会もないかもしれない先生に、
あの頃と同じように「お疲れさまでした」と一言、言いに行こうと。
27年ぶりに一言、言いに行こうと。
積もる話がないわけじゃないけど、無口な先生だからね。


27年ぶりに同級生にも何人か会えそうだ。
会を準備した学生たちは、あの頃はまだ生まれていなかったんだろうな。
気がつけば、そんなに時間が過ぎたのかと少し驚いている。

退官記念の祝賀会は週末の土曜日。
出かけてきます。先生に会いに。

2017年2月14日火曜日

2月も何とか折り返し。

「神輿が勝手に歩けるいうんなら、歩いてみないや!」

このセリフ、泣けます。「仁義なき戦い」
グッとこぶしを握って、今でも何度も心の中でつぶやくことがあります。
やるせない気持ちになった頭の中は、
いつも「頂上作戦」のラストシーンへ。
「辛抱せいや」

松方さんも逝ってしまいました。
あの映画の中でギラギラしていた人たちも、
随分と向こうの人になってしまいました。


2017年2月5日日曜日

さて、一杯やるか。

頂き物の大根があったので、朝からコトコト煮込みました。
味のしみた豚大根の出来上がり。ストーブ大活躍。
今夜はこれで一献傾けますか。

今年は暖冬。雪の少ない冬。
3月のような陽気で、どんどん雪が融けていく。
こんな年はひどい彼岸荒れがくるもんだけど、そんな気配すらない。
果たしてどうなることやら。

2017年2月4日土曜日

節分に一句。

「豆まきは 年の数だけ 豆を食う」

炒った大豆をまく地域の方はわかりやすくていいですな。
北海道は落花生まくもんですから。
あれって、殻むいて数えたらいいのか、2個1セットで「1歳」と数えたらいいものか。
実は子どもの頃からの疑問であります。

子どもの頃は、よくお菓子混ぜてまいてましたね。我が家は。
10円の大ぶりのコーラ飴なんて凶器に近かったですね。当たると痛い。
小さな羊羹もたまに混じってましたよ。ほとんど「鈍器」(笑)

昨日は学校でやってましたね。3学年とも。
中学生になってもやるんですよ。担任が豆とお面を用意して。
職員室でコンコンとお説教を受けていた生徒に向け、最後に
「お前、今日は鬼やるか?」と言ってた同僚がいて吹き出しそうになりましたが。
どの教室もどうやら担任が結局のところ鬼役だったようで。


私は生徒数名に「本気でぶつけろ」「袋ごと投げつけろ」と悪知恵を入れたところ、
なかなか激しい豆まきになったとの報告が(笑)

2017年2月2日木曜日

2月が30日ないことに少しだけ救われている話

あっという間に2月です。如月です。
「キサラギ」って語感、何となく好きです。特に理由もなしに。

ちなみに、この商売やってて嫌いな月は2月と4月。

4月が嫌いなのはたびたび書いているので、もうおなじみかと。
妙に浮き足立った雰囲気が嫌い。
間違いなく長続きしない「やる気」があふれかえっているのに耐えられなくなる。
スプリングはいらん。ブレーキかリミッターを…と言いたくなる。
やる気がどこかへ消えてしまった後始末を思うとうんざりする。

2月が嫌いな理由は2つ。

年末年始にかけて、翌年の計画を緻密に作成する生活が何年も続いている。
場合によっては2年、3年先のことまで考える。
年が明けて、「さあ新年だ」と周りが気分を新たにする頃には、
私の脳内ではその年はもう2~3回終わっている。
2月ともなると、周りも重い腰を上げて次年度のことをようやく考え始める。
今頃気付いたのか!と思うようなことで俄かに騒ぎ始める。
こっちはとっくに気づいていて、何度となく「大変だよ」って言ってたのに。
この時間差攻撃の繰り返しに、確実に気力は消耗させられる。

もう一つはそろそろ残る人、いなくなる人が何となくわかり始めること。
それも噂とかそんなのじゃなくて、
後出しジャンケンの様に場違いな話をしだす人や、
すっかり逃げ切り体制に入ったかのように他人面する人の多さでわかる。
無関心と無秩序の横行に振り回される。
後始末は結局、全部こっちに回ってくる。
手の数も、肩幅も、頭の数も、1日が24時間なのも他の人と変わらないのに、
ものすごい濃度と速度で毎日が動いていく。
2月は本当に疲れる。


嫌いな2月と4月の間に、
「3月」があることで救われている。

この単純さと言うか、愚直さがなければ、
この商売は長続きしないのかもしれない。


ま、この季節、私を心の底から苛立たせる人たちは、
たとえ同業と言えども、そんなことはわからないんだろうけど(笑)

2017年1月21日土曜日

これも格差社会?

年賀はがきのくじをチェック。
今年は3等が6枚でした。

昔は「3等」もなかなかの景品だった気がするのですが、現在の3等は切手シート。
切手シートって「5等」じゃありませんでしたっけ?子どもの頃。

それにしても、景品と当選確率の差が大きすぎやしませんかね。
100万本に1本、現金10万円出すくらいなら、
10万本に1本で1万円ばらまいてくんねえかなぁ。
庶民はそれでも十分楽しめるんだけどなぁ。
チョイといただけるくらいが「お年玉」っぽくていいんじゃないですかね。

2017年1月11日水曜日

服の有難味が身に染みる寒さの中での随想

寒いですな。ただいまの気温マイナス12度。
キリッと冷えております。
玄関に届いていた宅配の食材を見ると、野菜が凍っていたヨ。

あっという間に冬休みも残り1週間を切っていたりして。
休み中はラフにジャージで出勤していたりしたけど、学期が始まれば毎日スーツ。
毎朝ネクタイ締めて出勤の日々が帰ってきます。

ところで、何十年も締めているのに、ネクタイが一発で決まらない朝ってあります。
何とも朝一番からさえない気分にさせられます。
逆に美しく決まると、当たり前のことでも鏡の前で一人ドヤ顔する自分がいます。

話は変わりますが、Yシャツをクリーニングに出すと、糊が効き過ぎてることありません?
カッチカチのパリパリで、顎が切れるぞってくらい。(んなわけないけど:笑)
「俺はムチ打ち症患者か!」ってな具合に糊が効いたYシャツ。袖口もカッチカチ。
袖を通してほどなく落ち着いては来るものの、一瞬驚きます。
で、不思議と糊が効きすぎたYシャツって、ヒンヤリと感じたりしません?

「風合い」って言葉、割と好きなんですが…
私はカミさんがアイロンかけたYシャツの風合いが好きですな。
決して手抜きしてるわけではないんだけど、かけすぎていない。
バリバリに糊をかけることもしない。何とも肌に心地よい。
「馴染んでいる」が故の嗜好だとは思うわけですが。
こう言うことって、みなさんあるでしょ。大なり小なり。

ちなみに、いろんなことを器用にこなせると言われる私。
実は服をたたむのが滅法苦手であります。
おまけに私の服はサイズが大きいもので、余計に難儀をするわけで。
カミさんは当たり前かもしれませんが、上手にたたみます。
いつもあれこれと冷やかして小馬鹿にしておりますが、
これは心底、尊敬しているのであります。

そう言えば、服を平面に置かずに手際よくたたむ店員を見たことがあったっけ。
あれって、もはや神の領域だなぁ。私にとっては(笑)

2017年1月6日金曜日

今年の年賀状から

「これからも私たちに正しい道を示してください」

若手教員のコメント。胸が熱くなりました。

2017年1月4日水曜日

至福の逆転現象

本来、中にあるべきものが外にある。

非日常がもたらす、この幸福感たるや至上の喜びである。
風に吹かれて味わうテラスでの食事。
自然と一体となって体を休める露天風呂でのひと時。
しかしながら、どれも「非日常」だ。
誰もが手軽に味わえないあたり、尊くもあり、もどかしくもある。

しかしながら先月、日常の中にこうした喜びがようやく現れた。
手軽に「中にあるべきものが外にある」幸福感を味わえるものを私は見つけた。


それは…



「雪見だいふく おしるこ」だ!



大福だから小豆が餅の中にあるのは当然だろ…違う!あれは餡子じゃない!
アイスが餅の中にあるのが雪見だいふくの基本だろ…違う!あれはただのアイスじゃない!
餡子が外にあるのはぼた餅だって…だから、あれは餡子じゃないって!
赤福なんかモロに餅の外に餡子が…しつこいな!あれは餡子じゃないんだって!
餡子じゃないって、要するに小豆アイスだろ…いや!そこらの小豆アイスとは一味違う!

あのアイスの味わい。紛れもなく、おしるこを口にしたあの味わい。
ならばアイスの中に餅があるべきであって、それが逆になってるなんて!
逆だよ、逆。反対だよ。北海道弁で「あっぺ」だよ。

えっ、おしるこ風味のアイスの中に餅が入ってたら手でつまめないって?
だから餅の中にアイスが入って当然だって?
別に「非日常」でも何でもないって?

えーい!何でも構わねぇや!
誰が何と言おうと「雪見だいふく おしるこ」は傑作だ!



美味いったら、美味いんだい!

2017年1月3日火曜日

季節感の無いテレビ

正月のTV番組って、どこかしらに「正月らしさ」があったような気が。

今年は寄席や演芸場の中継がとても少なかった。
恒例のお笑い番組もネタの披露もそこそこに楽屋ネタみたいなトークの連続。
家に居ながらにして正月風情を味わえるものだった気がしたんだけどな。以前は。
今年の各局の番組は、通常の企画ものと何ら変わらない内容。
駅伝見るくらいしか、季節感を味わえないのは少々末期的な感が否めない。

ドラマの再放送や総集編がやたら多いのも特徴的。
安上りなんだろうけど、だったらネットでいつでも見られるよと言う感じ。

一日中、酒飲んでゴロゴロとTV見てといういつも通りの正月三が日だけど、
すぐにウトウトと眠気が襲ってくるのは酒と年のせいばかりではないと思う。




2017年1月1日日曜日

つんつくつくつくつ~ん!

つんつくつくつくつ~ん!

ひやぁ~ひやひやひぃ~!


みなさん、あけましておめでとうございます。
旬風亭流眺でございます。
ただいま、神社から帰ってまいりました。

この時間まで飲んだくれている私もすごいですが、すごいのは宮司さん。

31日10時00分 北の集落にある神社で除夜祭。(ちなみに神社間の移動は30分程)
31日11時30分 こちらの神社で除夜祭。
 1日  0時00分 こちらの神社で元旦祭。
 1日 0時50分 こちらの神社を宮司出発。
 1日  1時30分 北の集落の神社で元旦祭。
 1日  3時00分 こちらの神社に宮司さん帰着。
 1日  4時30分 直会が終わり、流眺、自宅へ戻る。

どうです。すごいでしょ。
で、仮眠の後、1日8時には島内各所の神社へ祝詞を奏上に出かけます。
ちなみに、留守番の時間も含めて直会で空いた日本酒は4升。
御神酒飲みまくりですよ。

神様としっかり共同作業で新年の幸せを祈ってきましたよ。
今年はいい年になること間違いなし!