2016年8月9日火曜日

「お気持ち」を聞いて。

この人はずっと「覚悟」を持って生きてきたのだと。

生きていく上でのこだわりなど、多くの人が「我がまま」にしていたとしても、
この人はそうできない運命を受け入れ、
されど流されることなく、不確かだったものを自らの歩みで築き上げ、
葛藤すれど、さらけ出すことを恐れず生きてきたのだと。

果たして国の象徴とは何か。
国民統合の象徴とは何か。
方向性は示されども、何をもって如何なる姿にたどり着くのか。
主権者である国民に委ねるのではなく、ともに歩み、追求してきたのだと。

この人の人権と、崇高な歩みに想いを馳せ、
望む道を進ませてあげることが、人の道ではないだろうか。

同時に、この発言は単にこの人の歩んだ道や、身の処し方だけでなく、
国の平和を目指すことと我々一人一人がつながっているという責任のもと、
その象徴を、使命と責任を十分に果たせる人に託す必要性があることを、
明確に問題提起したものではないだろうか。

今後の議論が「譲位」に向けた条件整備に矮小化されることなく、
主権者である我々国民の在り方と真摯に向き合いながら、
その象徴である天皇と皇室の在り方を考えるものとなることを切に願う。

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