2016年6月10日金曜日

信頼

島のあちこちに点在する集落ごとに、小さな小さな神社がある。
6月に入り、短い夏の訪れとともにそれぞれの神社でお祭りが行われる。
往時は神輿が練り歩いたり、芸能発表があったりと賑やかだったそうだ。
今では島で一番の神社の祭り以外は、お詣りの後で直会がある程度の簡素なものだ。

いつも祭りの案内が届くはずの集落から便りがないと話題となった。
前の学校では案内がなくても(あっても大概ギリギリに届く。慣例だから説明不要なのだ)、
こちらから予定を確認して御神酒を納め、お詣りと直会に顔を出していた。
向こうも学校はきちんと顔を出してくれるという信頼があったと思う。
今度の学校での対応を確認すると、案内があった所へは対応をするということ。
昨年からそう「線引き」をしたという話だ。
便りがないことをあれこれと話しても埒が明かないので、足を運ぶことにした。

自治会長のもとを訪れると、家の脇からカンカンと何かを叩く音。
呼び鈴を押す前にのぞき込むと、以前から顔見知りの会長がいた。
自家製の糠ボッケを試食しようと、叩いて柔らかくしていたところだった。
挨拶を交わすと2本持っていたホッケの1本を「ホレ!」とさしだしてくれた。
出来立ての糠ボッケをそれぞれ手に、外で立ち話。
祭りの予定について尋ねると、例年通りの段取りを教えてくれながらこう一言。
「いつも学校に気ぃ使わせるから、今年から案内ださなかったんだ」
『いやいや、気ぃもなんも、いつも世話になってるから、今年もお詣りさせてください』
「いや、なんも来てくれるのは大歓迎だ!」
そう言って、自治会長は笑ってくれた。
「これも持ってけ」と帰り際に、もう1本の糠ボッケも私にさし出した。

前の学校にいた頃からのつきあいだから私にはわかった。
遠慮しているような口ぶりだが、「線引き」をするような学校の姿勢が見抜かれていると。
どこからか話が伝わっているにも違いない。田舎はそういうところに敏感だ。

古くから学校の営みは地域の営みとともにある。
島の学校は昔は春の漁が忙しくなると「生業繁忙休業」というのがあった。
1週間、学校を休みにして、家業を手伝うのだ。
漁師の子でない子も、近所に出向いて手伝う。先生たちも。
代わりに学校で何かあれば、今度は地域が物心両面で支援をしてくれる。
そんな時代を経験している人たちが年をとって、今の島の暮らしを支えている。
学校は地域の中にあり、地域とともに歩み、住民同士の横のつながりと、
子どもを育て、今と未来を縦につなぐ要として彼らとつながりあってきた。

その信頼が崩れかけている。

愛想なしのヤツをあれこれと言い続けるような野暮なことはしない。
それなら、こっちも無理して付き合わないというドライさが浜の人間の気質だ。
情には厚い。情は何よりも大切にするが、それで互いを縛りあわない。
(私も浜育ち。案外そういうところがある)
それをわからずに、地域が示した「遠慮」を「心離れ」ではなく「配慮」と勘違いしたら、
そんな馬鹿な学校に未来はない。

仕事の合間を縫っての対応だから、時間にも制約がある。
直会で毎度酒を…というわけにもいかないだろう。
だけど、可能な限りは地域とつながっていこうと思う。当たり前のこととして。
「線引き」なんて関係ない。人のつながりはそんなものではない。
「だから流眺さん、ここの学校に来たんだな」と地域の人には感じてもらおう。



糠ボッケは島ならではの味わいの一つ。
焼いて食べるのが一般的に知られているが、皮をむいてそのまま食べるのも格別だ。
島の名物を肴に、今夜の会長さんは何を思って一杯やっているだろうか。
そんな思いでつながりあいながら、私も家で一献傾けた。
糠ボッケはかみしめるほどにいい味がした。





2 件のコメント:

そら子 さんのコメント...

こんにちは。学校もお参りするとは驚きました。今は「宗教行事に学校が参加」などとなってうるさいですからね。私は、特に神道や道祖神・民間信仰などについては地域の文化だと解釈していますが、今は何かと面倒な時代になりました……
それはともかく。
同じ島の、前任地と大して場所の変わらないような地域で、このようなことになってしまっているとは。流跳先生はやはり現場にいらっしゃいますから、何かご事情はご存知かと思いますが……どちらにしろ、地域・保護者と学校の関係が切れては教育が成り立ちません。
管理職ほど役に立たない奴はいない、と、同僚は申します。
保護者はママ友仲間とカフェでランチしながら、またはLINEなどで、教員や別の親の悪口に興じます。
某都会の知人は「うちの子の教員どもが無能すぎて、授業崩壊してるから親も見に来いだってよ。バカじゃねーの」「日教組撲滅(うちの業界は無関係なのですが)」とかなんとか申しております。
私のやってきたことは一体なんなのだろうか、いや何もやってないや、と思うことも度々です。
学校教育は今後どこへ行くのやら。
流跳先生のいらっしゃる地域はそこがしっかりしていそうなのに、壊したくはないですね。

旬風亭流眺 さんのコメント...

そら子先生、こんにちは。
自治会のみなさん、喜んでくれましたよ。

ハレとケのけじめの祭りですが、同時に日常の一部でもあります。
祭りに顔を出すことは、日常でつながっていくことと私は考えています。

昨日、コンビニで知らない人に挨拶された私。
きっと向こうは知っているんですよ。私のこと。
「あっ、先生だ」ってね。