2016年12月31日土曜日

来年こそ。

もう少しで除夜祭。そろそろ出かけるとしますか。

それにしても何だね。神様も俺に手伝ってほしいだなんて、粋なこと言うね。
世の中が笑って暮らせるようにだとさ。まったくだ。それが一番だ。
いいことも、悪いことも、百八つの鐘で全部忘れちまってさ、
また新しい気持ちで、明るく一年を迎えようだなんて、いいこと言うよ。
そりゃあ、明るくする手伝いなら俺が一番と言うわけでさ。
「選ばれし者」ってとこかい。いかしてるじゃねえか。
どれ、景気づけに一杯ひっかけて神様のお手伝いでも…

…よそう。また夢になるといけねぇ。



来年こそは、もっともっとみんなで明るく暮らせますように。
みんなそう思ってるんだろ。そうだよな。
夢にしちゃいけねえ。俺も頑張るよ。

正しい心で神様の所へ出かけてきます。それじゃまた来年。

年の暮れ

2016年。最後の一日は、1時間半の雪かきでスタート。

何とかできた年賀状を今年中に投函して、
去年までいた集落にある神社に御神酒を届けて、
地元の昆布をたっぷり使ってお出汁を取って、
いつも担当している筑前煮をたっぷり作って、
ついでに雑煮の汁もこさえておいて、
いつも通っている地元の温泉に行って、
年取りの酒も料理もほどほどにして、
日付が変わる前に近くの神社に行って、
学校の代表として除夜祭に参列して、
新年を迎えると同時に元旦祭にも参列して、
直会があれば当然お付き合いして、
そうして、2016年最後の一日が終わり、
2017年最初の一日が始まります。

2017年は流眺50代に突入でございます。
天命を知る一年でございます。

ま、自分の役どころはいいだけわかっているんですけどね(笑)

今年一年もご愛読ありがとうございました。
皆様良いお年を。

2016年12月30日金曜日

本業は何だ?

田舎には何屋さんかわからない店がよくある。

「薬局」と言いながら、文房具や化粧品、果てはメロンにスイカまで売っていたりする。
その店、シャッターに某通信機器メーカーのマスコットキャラのきのこがペイントされていた。
案の定、スマホの注文、契約まで受け付けるという。
かと思えば、スナックのマスターが昼間、クリーニングの集配をしていたりする。
島にはクリーニング工場がないので、集めた物はフェリーで陸地の工場へ送られる。
帰ってきたのを配って歩くというわけ。で、夜は人気のスナックを経営している。
新聞店と写真店の電話番号が同じと言うケースもある。
同じ人が両方やっているのだ。以前は土建屋が写真店を兼ねていたケースもあったそう。
「兼業」が当たり前と言った方が適切なのだろうか。
夏場は漁師をやり、冬は土建屋やトラックの運転手。
夏は民宿をやり、冬は重機を運転して除雪に精を出す。
出稼ぎもいないわけではないが、町内で「兼業」している人が随分といる。
人口が少ない田舎であっても、暮らしは暮らし。
最低限必要な商売の数は都会と変わらないわけであって、自然とこうなるのかも。


話は変わるが、ようやく年賀状を作ろうとした矢先、プリンタのインクが底をつきかけていた。
島には電気屋さんがない。文房具の専門店もない。
「百貨店」と名の付くコンビニに行ってみる。以前に絵の具をばら売りしていて感動した店だ。
予想通りインクカートリッジが売られていたが、お目当ての型番はなし。

3~4日はかかるのを覚悟してネットで注文した後、何の気なしに出かけた先の店。
「書店」と言いつつ、化粧品や玩具を扱っているらしい店。
中に入ると驚いた。とんでもない数の文房具が店を埋め尽くしているのだ。
ドンキの圧縮陳列なんてレヴェルじゃない。ほとんど野積みに近い。
書店だけに、本も週刊誌に漫画の単行本、成人向け雑誌に文庫本も置いてある。
反対側の壁を見ると、CDやDVDも売られている。何だこれは。
棚の間を歩くと、必ず体が何か商品に触れている。こんなカオスな店、初めて見た。
で、店のおじさんに尋ねると、インクカートリッジもわずかながらあるという。
すると…ありましたよ。お目当ての型番が。感激ですよ。

恐るべし田舎の何でも屋。ある意味、とてもコンビニエンス。

2016年12月29日木曜日

年末の楽しみ

年末の演奏会が終了。かれこれ27年続いている恒例イベント。
仲間たちと今年も舞台に立てたことに感謝。
新採用の年に結成したバンド。中核となっていた先輩たちは次々と還暦を迎えています。
今回もひそかに赤い蝶ネクタイつけて本番に臨んだ方もいました(笑)

イギリス物を中心に組んだ今年のプログラム。かなり好みでした。
いつかやりたいと熱望していた戴冠行進曲「王冠」もついに演奏。
クライマックスのシンバルを叩きながらジーンときました。
続けてきたからこそ、この瞬間を味わえたんだと思うと、少しだけ自分を褒めたい気分に。
メインはホルストの組曲「惑星」。スコアも読み込んで勉強して臨みました。
「Jupiter」のモティーフにもなった「木星」もやりましたよ。
最後の「海王星」では高校生たちがバックステージで合唱参加。
澄んだ歌声がホールのシャンデリアの隙間から降りてくるような至福の演奏。
客席で聴いていた方々にも好評。でもこの曲に関しては、舞台上に勝る特等席はないと思う。
一緒に演奏しながら、素敵な時間を味合わせてもらいました。

何年か前から、パートの中で若者を育てることを意識して語る場面をつくってきた私。
今年も打ち上げでいい時間を過ごすことができました。来年がまた楽しみです。

音楽と仲間と再会できる崇高な喜びがあることを励みに、また1年頑張りますか。


ようやく年末です。年賀状作らないと…。

2016年12月22日木曜日

風速15mの中で。

すごい風ですよ。
これで雪が降れば「暴風雪」。明日はたぶんそう。

先日、玄関の横に立てかけておいたママさんダンプが「失踪」。
犯人は前日吹いた強風。数十メートル先の沢まで飛ばされていた。
恐るべし、自然の力。

折からの強風はあちこちで猛威を振るっている様子。
新潟の火事は大変なことになっている。悲惨な状況に胸が痛む。
以前住んでいた町も大火に見舞われたことがあり、その時の記憶がよみがえる。
強風に煽られ、見慣れた町が火の海と化した。
何度も通った店が何軒も消えた。知り合いが何人も焼け出された。
あれこれと思い出し、何ともやるせない気持ちになる。
一刻も早く収まってほしい。せめて風が少しでも弱まってほしい。
その分、こっちが余計に吹いてもかまわないから。
こちとら小さい頃から風の強い町育ち。多少の我慢はきくつもり。
だから早く落ち着いてほしいなぁ。

明日から冬休み。
初日から部活や補習があるけど中止かな。
朝早くから情報収集と天候判断だ。

2016年12月18日日曜日

景品の王様

昨夜は自治会の忘年会。
80名以上は集まっていたでしょうか。なかなかの盛り上がりでした。
陽気な会長さんの乾杯の音頭が実に短く、傑作。
「それでは、世界平和と、みなさんの健康を願って乾杯!」
開会前からみんな「練習」と称して飲んでるので、乾杯の頃には出来上がってるわけで。

会館の床の間にはものすごい数の景品が並び、それを賭けてのビンゴ大会。
ビンゴ8回もやる宴会って初めてでしたよ。よくも最後まで飽きずにやるものだと感心。
米が当たるとやはり盛り上がります。どこの町へ行ってもお米は景品の王様です。
小さい子が当てると特に盛り上がります。「親孝行だ!」の声があちこちから飛びます。
おばあさんが当てても盛り上がります。「そんだけあったら余すべ!」と冷やかす声も。
ビンゴが終わった後、締めくくりは「抽選会」。島民はタダでもらえる企画が本当に好き。
「ビンゴ」「宝引き」「餅まき」のどれか一つは必ず島のイベントに行くとやっている。
締めの抽選会の景品は米1袋に食パン一斤のセット。
地元のパン屋の美味しいパンなのでこれまた大人気。
それにしても米とパンのセットとは。炭水化物礼賛、おそるべし(笑)

そして、信じられないことにこの私。とうとう最後まで1回も当たらず。
終了後、いつもの顔役が残っての直会では、その運の無さを大笑いされましたよ。
『くじだから当たらないことには文句無いけど、黙って待ってるのも飽きるし…
…今度から俺もそっち(進行・お世話役)に行ってやるわ!』と言うと、顔役たちは大喜び。

というわけで、新年会からは「集まる側」から「集める側」に回ります。

2016年12月3日土曜日

週末どうでしょう

先週の話。

土曜日に隣町で吹奏楽のコンサートがあったんですよ。
久しぶりにスポット浴びてドラムソロなんて楽しかったですよ。

いつもなら終わったら当然、朝まで「打ち上げ」なんですが…

翌日の日曜に北海道一の大きな街で、年末恒例の別のコンサートのリハーサルが。
朝一番からスタートするので、どうしたかというと…土曜の本番終了後、「深夜バス」で移動!

で、日曜のリハが終わったら、月曜の朝一番から外せない仕事があったので、
再び「深夜バス」で逆戻りですよ。何と2日連続の「深夜バス」!
朝7時前に出る始発便のフェリーで帰島しました。必殺の「0泊3日」です。

どうですか!この「水曜どうでしょう」ばりの過酷な移動は!


年末のコンサートではホルストの「惑星」をやるんですけどね。
終曲の「海王星」では響きの心地よさに別の世界へ行きそうになりましたよ(笑)

師走の由来を勘違いしている教師はどれだけいるのだろうか。

師走ですよ。

この商売やってると、この時期「忙しいでしょ」なんて言ってもらえる。
仲間内でも「師走と言うだけに、忙しいですが…」なんて言い回しをしたりして。

気遣いの話だし、あれこれと言うのも野暮なので(私も含めて)普通にそう言ったりしてますが、
きちんと物を知ってる人はこれって間違いなのに気付いていらっしゃる。

師走の「師」はお坊さん。学校の先生じゃありません。
お坊さんは年末に檀家回りに忙しいですが、学校の先生はデスクワークに忙殺されてます。
お坊さん並みに「今年もお世話になりました」と挨拶回るくらいじゃなきゃいけないんでしょうけど。

そもそも「年果つ」「四極」「為果つ」といった言葉の方が、より古くからある謂れの様で。
どんなに忙しくても、一年の節目に、過ごした時間を振り返る心構えを持たなきゃと思います。

年の瀬が忙しいのはみんな同じ。
そして振り返るとあれこれと思いがよぎるのもまた同じ。
年の越し方は人それぞれでしょうが、「生き方」と向き合う瞬間が誰しもあるのではと思います。

案外、学校の先生がそんなところから一番遠くにいるのかもしれません。



学校便りのコラムを書きながらふと思った話。



さ、大晦日に神社に持っていく御神酒を用意しなくちゃ。
今年も島で年越しです。

2016年11月19日土曜日

あらふぃふ。

課外授業は12歳になりました。13年目に突入です。
流眺は49歳になりました。半世紀目に突入です。


誕生日は出張してたんですよ。島の外に。
研究会の助言者をお願いされたもので。
新採用の頃から応援している先生の公開授業を見てきました。
先輩教師もいる中で助言を長々と語るのも野暮ですし、
件の先生の授業がなかなかツッコミどころ満載で…改善のポイントが山ほどあるので、
10分間だけ実際に模擬授業をして見せました。
「みなさんと今日学びあいたいことや授業への助言を、この10分間で感じとって下さい」と。
なかなか盛り上がりましたよ。若い先生たち、目から鱗だったようで。
ちなみに先生たちに出した問題…全員不正解でした(笑)
みんなもっと勉強しなくちゃね。いろいろと。


翌日、学校へ行くと、1日遅れでお昼の放送恒例の「誕生日ゲスト」の依頼が。
同じ誕生日の生徒が一人いて、そいつは当日にやっただろうなぁと思ったら、
「一緒にお祝いを」ということでその子も1日遅れのゲスト出演でした。
狭い放送室にぎっしりとギャラリーも駆けつけ、お祝いの歌を歌ってくれました。

「誕生日を迎えて、これから頑張りたいことは?」の質問に生徒はノリノリで、
『15歳と言えばチュウサン(中3)なわけで、受験生らしく勉強頑張って高校に合格します!』と。
同じ質問を受けた私は負けじとノリノリで、
『49歳と言えばオッサンなわけで、健康に1年を過ごして無事に50歳を迎えます!』と。
久しぶりに子どもとバカやって楽しかったですよ。


帰宅したらカミさんがケーキ用意してくれてました。感謝。

ちなみに島にはケーキ屋さんがないんですよ。
クリスマスの時期にはコンビニで注文とって売り出すんだけど、普段は扱ってない。
島の外に出て買ってくるか、ネットでお取り寄せが今は多いのかな。
で、実は島に1軒だけあるパン屋さんでも注文すると作ってくれたりもする。
今回はそのパン屋さんのお世話になったそうで。島に4年住んでいて、これは初体験。
お菓子も時々作って売っているパン屋さんだけに、美味しかったですよ。


そんなこんなでまた一つ年をとりました。
これからもみなさん、御贔屓のほどを。


2016年11月5日土曜日

オレンジ

SMAPの「オレンジ」がチャート上昇中だそうで。
いい曲ですよね。
解散が近いという状況とあの曲に漂う空気。
ビートルズと「レット・イット・ビー」をちょっと思わせるものがあります。

「オレンジ」と言えば安全地帯のも名曲で。
「オレンジ」と言う曲には「終わりの近い切なさ」が漂うのは単なる偶然か。
「オレンジ」って陽の光一杯浴びて、健康的なイメージなんだけどね。

あと何かあったっけなぁ…と記憶をたどると、「オレンジ」ってグループもいたっけ。
「シーズン」って名曲だったなぁ。とてもさわやかな曲だった。

グループ名だとさわやかで、曲名だと切ない。
ま、そこに何の理由もないんだろうけど。


北海道はそろそろ根雪になりそうな気配。
オレンジと言うよりは、ミカンとこたつが恋しい季節です。

みかんも「ミカン」と書くと何やら健康的。
「みかん」と書くと甘くて癒される印象。
でも、「蜜柑」と書くと、これまた何だかちょっと切ない。

芥川さん、あなたのせいです(笑)





仕事を放り出してまどろんだ、土曜の午後の他愛もない随想。



2016年10月29日土曜日

すぐに食べるのはつまんない。

「五勝手屋羊羹」って知ってます?
北海道に古くからある銘菓ですよ。

函館名物と思われてますが、正確にはその近くの江差名物。
追分で有名なあの小さな町の銘菓。
円筒状なんです。羊羹の形が。
筒の底を押すと、ニョローンと羊羹が出てくるんです。
それを容器についている糸で切って食べる。
これが実に楽しいんです。

仕事で疲れていた時に、「教頭先生、どうぞ!」っていただきました。
函館出身の同僚からの心配りに癒されました。

遊び心のあるお菓子って好きですね。
北海道銘菓の一つ「三方六」もその一つ。
白樺の木を模したバウムクーヘン
切り分けるためについてているヘラが鋸の形をしていたりして。
もっとも、最近は最初から切れているタイプが売り出されてますが。

銘菓でなくても食べる前にひと手間あるのって楽しいですよね。
水あめを割りばしでコネコネしてから食べたり、
せんべいにソースで落書きしてから食べたり。
マシュマロを炙ってから食べるのは最近の話ですか。
箱や袋を開けて、すぐに口にポイと放り込むのではちょっと味気ない。

ちょいとひと手間。ちょいと面倒。
そんな「寄り道」加減がいいんでしょうな。

2016年10月28日金曜日

お手本になる。

学校祭の学級発表。
器楽でドラムを担当した男の子。
テンポが前のめりになったり決めどころで決まらなかったり苦戦してた。
目の前でちょいと叩いて見せてあげた。
ドラム演奏の約束事もいくつか教えてあげながら。
そばでベースに挑戦していた男の子が「全然音が違う!」って驚いていた。

その日の帰り、「明日、動画撮らせてください!」とお願いされた。

それから本番までの数日間。
大画面を前に練習する彼の姿が。
Youtubeによくある自撮り画像みたいで、何だか照れ臭かったけどね(笑)

2016年10月16日日曜日

おやき

「大判焼き」「今川焼き」…って言うんですか?みなさんの所では。
北海道では「おやき」って呼ばれてます。

来週は学校祭。食品バザーあるんですよ。PTAのみなさんの協力で。
毎年、事務の先生と公務捕さんがおやきの店出してるんです。
これが好評らしくて、私も先日弟子入りしましたよ。
「白いたい焼き」の粉使って作る「白いおやき」が看板商品。

たこ焼きは若い頃務めていた学校で、毎年地域の父さんたちとやってました。
焼くのも客あしらいもプロ並みと評判でしたよ。
で、一度やってみたかったんですよ。おやきも。
出店のおっちゃんの手さばき見てると見事でしょ。子どもの頃からの憧れ。
何回かやってみて、しっかりとマスターしましたよ。
試作品作っていると、子どもたちが廊下から面白そうに見てました。
土曜返上で登校して学校祭の準備した後で、全校生に御馳走。
みんな笑顔でお礼を言いに来てくれました。

うれしいねぇ。こういうの。



さ、来週は朝から焼きまくるぞ。

2016年10月15日土曜日

時代は変わる。

ボブ・ディランがノーベル賞を受賞した。

賛否両論の様であるが、その是非を語るのは野暮というものだ。
ただ一つある事実は「時代は変わった」ということ。
70歳をとうに過ぎた彼がこんな形で評価されることは、
当時は誰も思いもよらなかったはずだ。当の本人でさえも。

誰もが望んでいたことではない、本人もきっと望んでいたことではない。
でもそのメッセージは時を経て、これまでとは違った形での評価を得るに至った。
ゆえに、彼自身がこの事実に沈黙するのは正しい。

彼はあくまでも彼自身であり続けている。それだけが彼の中の真実。
ギター1本で、バンドで、素朴に、あるいは無骨に、
その語り口を時に変えながらも、彼の中の真実はいつでも変わらない。
時代は変わる。その中を変わらずに生き続けるために、
人は風を感じ、その中で立ち方を変えながら生きる。
変わらずに生き続けるために、変わり続ける。
それだけが彼の中の真実。

望んでいたわけでもなく、予想していたわけでもなく、
でもこうなることは特別ではない。彼にとっては自然な流れ。
だから驚きもせずに沈黙するのは正しい。



彼の曲を1曲だけ選べと聞かれたら、迷わずこう答える。

「時代は変わる」

高校生の頃に出会って以来、訥々と語られる調べは、
今の「覚悟」に至る私をどこかで支え続けてくれている。



2016年10月8日土曜日

確信。

出張でいない先生の代わりに、学校便りをもって地域を回る。
「いつも楽しみにしています」とある家で声をかけられる。
毎週毎週、書く苦労に声をかけてくれる人は少ないだけに、
こんな一言がとてもうれしい。

集会活動には「校長先生から」という場面がつきもの。
このところ、出張や会議で留守が多いので、代理を務めることが何度か。
いつもよりもいい表情で聞いてくれる子がちらほら。
直接、子どもたちにメッセージを発信できる機会はやはりうれしい。

休日や夜遅くの職員室で若手教員と語る。
課題の多さをあれこれと言われている同僚の真実が分かる。
批判をする側にはない、情熱や誠実な苦悩に触れる。
流されずに評価してきたこちらの思いが少しずつ伝わるのはうれしい。

2016年10月1日土曜日

男はそれを我慢できない。

トップがどっしりと構えていないと、組織は実に脆弱である。
情勢の変化に振り回されることなく、風向きをしっかりととらえながらも、
下に続く者たちには思う存分にゆるぎない方針のもとに仕事をさせる。
強い雨風をしのぐ屋根であり、柱であり、
そうした安定感と包容力がトップには求められる。
トップに恵まれない組織は、決して持てる力を発揮できることはない。

悪い癖で、ある種の思いが強くなってきました。
少し勝負に打って出ようかと。

かつての子どもたちとの日々が、しきりに背中を押してきます。

2年連続。

少し時間がたった話ですが。

秋の吹奏楽コンクール。道大会は2年連続の金賞でした。
昨年は勢いで運よくとった感じ。でも今年は狙っていきました。
即興性も要求される曲で、私は結構楽しんでできたかなと。
若手メンバーは本番中をふりかえり、
「流眺さん、かなり遊んでましたよね」と大笑い。
帰りのバスは当然大宴会でした。
(行きのバスから既に宴会していましたが…)

バンドを立ち上げた時に中高生とのジョイント演奏を始めて、
その初期に参加してくれた子たちが社会人になって仲間入りして、
編成も充実してきた中での金賞。感激もひとしおです。

出張の折にいつもの喫茶店に立ち寄ると、
「金賞おめでとうございます」とさりげない一言を添えて、
いつものようにコーヒーのお代わりをサービスしてくれました。

2016年9月11日日曜日

多弁は貧しさの裏返しである。

馴染みの喫茶店の魅力って、放っておいてもらえることに他ならない。
会議やバンドの練習の合間によく立ち寄る店は、いい感じで放っておいてくれる。

1人だからって、カウンター席を強要したりしない。空いてる限りは必ずテーブル席を勧める。
そうでない店は、「カウンターを選ばなくちゃいけないのかな」という空気感がある。
カウンターって、変に常連面している客がいたりして、居心地が悪いことも多い。
居酒屋のカウンターとは少々「親和性」において異なる部分があると常々思う。

お冷と一緒に、黙っていても新聞と週刊誌を置いて行ってくれる。
一度席についてから新聞や雑誌を物色しに行くのって、何だか落ち着かない。
見知らぬ街だと、瞬間でも席に鞄を置いておく無防備な行動はどうにも抵抗がある。
席につき、オーダーしてから新聞や雑誌を取りに行くって、どの店でもできる行為じゃない。

流しているDVDや音楽も、少し間をおいてから好みのものに変えてくれる。
コーヒーはたいていお代わりをサービスしてくれる。
そろそろ帰ろうかと時計をチラ見する頃になって、ようやく話しかけてくる。
この適度な距離感が心地よい。放っておいてもらえる安心感が心を休めてくれる。

本屋や喫茶店が長く愛されているのは、孤独であることが認められる空間だからだ。
「余計なお世話」に触れずに済む気楽さ。「自分のペース」で過ごせる気楽さ。
それがある場所はもっともっと大切にされてもいい。
見なくてもいい物や、聞かなくてもいい話に囲まれて暮らす現代人にとっては、
孤独であることはある種の贅沢になっていると思う。


【追記】
店に入るなり、店員に「何かお探しですか」と話しかけられるのも嫌いだ。
こっちは探し始めたばかりだ。黙って品物を眺めさせろと声を大にして言いたい。

タクシーの運転手が馴れ馴れしく世間話をしてくるのも嫌いだ。
「いや~天気悪いねぇ」って、見れば誰だってわかる。そんなこと。こっちは外にいたんだ。

北海道の大都市の土産物屋で得意気に海産物のセールスをしてくるのも嫌いだ。
こちとら浜育ち。子どもの頃から食べている。お前らよりもいいもの知ってるぞ。
一回、適当なことしゃべってたから「嘘こくな。ちゃんと勉強しろ」と言ったことあったっけ。

どいつもこいつも、しゃべればいいってもんじゃねえぞ。

2016年9月6日火曜日

50年の区切りはどこだ?

「50年に一度」の大雨を47歳の年に経験した。
あぁ、これはきっと50年目の出来事なんだろうなぁと思った。

あれから2年。

豪雨のさなか、気象情報をチェックしていると、隣の町が「50年に一度」だという。
これはきっと2年目の出来事なのかなぁと思いつつ、
前回が1年目だったら今回は3年目の出来事なわけで、
前回が25年目だったら今回は27年目の出来事なわけで、
ひょっとしたら48年目の後の50年目の出来事かもしれないし、
そうなりゃ50年に2回になるから「25年に一度」なのかなとも思うし、
でもやっぱり2年目だとしたら「50年に一度」が随分と早く来たわけで、
とどのつまり、「〇年に一度」という表現はこう立て続けにある物事には不向きだと。

「観測史上、稀な」とか、
「過去〇年間に△回記録されてるのみ」とか、
「(西暦)〇〇以降、△回あっただけ」とか、
そんな表現の方が正確な気がします。

「50年に一度」という表現が手軽な表現として独り歩きしてるなと思ってたら、
自然は随分と強烈なパンチをお見舞いしてきました。

読者のみなさん、ご心配をおかけしております。
流眺、大丈夫です。


【追記】
吹奏楽の全道大会に仲間と出かけて、2年連続の金賞をとってきました。
長時間移動の行きのバスはずっと宴会。到着したら当然安着祝い。
本番終えて帰りのバスも宴会。結果が出たらさらに盛り上がって宴会。
帰ってきてからも安着祝いもかねて改めて祝勝会。いやぁ、飲んだ飲んだ。
本番の舞台は実に楽しいものでした。古参のメンバーと喜びをかみしめました。
ま、そのあたりの話はまた別の機会に。

2016年8月30日火曜日

暴風警報発令中

年に3つも4つも台風来るなんて初めてだよ。北海道。
迷走していた10号は島を直撃…とも思ったが…微妙に逸れ始めた。
しかも、なぜか西に。こんなこともあるんだな。

台風も避けて通る流眺。おかげさまで元気です。
今夜は家で大人しく酒でも飲むわ。

…あ、いつものことか(笑)

沖ではたくさんウサギが跳ねてるよ。




…あ、ウサギって言っても海の上にウサギはいませんよ(笑)

2016年8月26日金曜日

旅の感触

島の夕暮れが好きである。
特に、島の西側の海に沈む夕日を、
ただただじっと眺めているのが好きである。
ここで暮らして4年目。夕暮れは日常の中で繰り返されるけど、
何度見てもそれは、私にとって一つの旅である。


35年前。中学の頃、同じ場所を初めて訪れた。
それまでに見た、一番美しい景色を、
静かな静かな夕凪の海を、ただただじっと眺めた。
少し前に立っていた、年上の女性の後ろ姿も、
夕暮れに溶け込んだ景色の様に、ただただじっと眺めた。

見知らぬ人がなぜそこに立っていたのか。
どこからきて、いつからそこに立っていたのか。
何を思ってそこに立っていたのか。
振りむけば、どんな表情をしているのか。
そんなことを一つも考えずに、
夕日に輝く髪も、足元からのびる影も、
呼吸しているかのような海も、ささやくような波の音も、
ただただ美しくて、いつまでもじっと眺めた。

そこにひたすら静かに身を置き、
思いを巡らすほどに言葉少なく佇み、
音を、景色を、空気をありのままに感じた。
何の解釈も、理由づけもせず、
気が済むまでじっと眺めた。
あの日、私は初めて「旅」を知った。
旅行でも観光でもなく、「旅」を知った。



今年の夏、消えゆく駅を訪れた。
雪が降る頃には長い歴史を閉じる駅を訪れた。
皮肉なまでにたくさんの人が訪れていた。
日に何往復かしかない列車の姿を見に、
カメラや携帯を手に、線路の端を囲むかのように人が集まっていた。
それは消えゆく駅に不釣り合いな、非日常だった。

ホームのベンチに腰を下ろし、じっとその様を眺めた。
誰と話すでもなく、思いを巡らせるともなく、じっとその様を眺めた。
列車が去り、潮が引くように観光客は去っていった。
無人駅の喧騒をあしらう駅員2人だけが残るホームを
立ち上がって少しだけ歩き、再びベンチへと戻った。
帰ってきた静寂に、終わりが近づいた駅と町の日常を
ただただじっと私は眺めていた。

何の知識も説明もいらない。
その景色は雄弁に終わりを語っていた。
久しぶりに「旅」をした気分だった。

珍しいものも何もいらない。
ただそこで繰り返される日常に身を置く。
自らの日常と対峙する非日常を、ありのままに、
何の解釈も理由づけもせず、
気が済むまで少しの間眺める。
それは紛れもなく「旅」だった。

旅行でも観光でもないそのひと時は、
懐かしい記憶を連れて、そっと私の中を通り過ぎていった。




2016年8月15日月曜日

五輪観戦記その2

柔道は男女合わせて12個のメダル獲得。
この期に及んで協会関係者から「銅でも立派」といった評価が。
選手が過剰に金メダルを意識したのは世論やマスコミのせいだけじゃない。
そもそもはあなたたちが至上命令を出してたんでしょ…と思ったのは私だけ?
若い監督の涙はそこら辺を暗に語っていた気がする。
それにしても最終日の最終試合は興ざめであった。
松井が高校時代に全打席、敬遠されたの思い出したよ。
ルール違反でなくても、マナー違反だと思う。
勝てば何でもいいってもんじゃない。
「JUDOは柔道と違う」的な解釈で片づけてはいけない。逃げるな、関係者よ。

水泳で結果を残せなかったメダリストの「賞味期限」発言。
そんな弱音は胸の中にしまっておけ。悩み迷っても、誰もが黙って耐えている。
歯を食いしばっている奴に失礼な話だ。覚悟が足りない。
とはいえ、選手を商品的にとらえている輩がいるのは確か。
過剰なメディアでの煽り、演出はその証拠。
そんな意味ではちょっぴり皮肉が込められた失言だった。

男女ともに卓球の活躍ぶりに、見ていて熱くなった。
男子は初のメダル獲得。大したものです。
愛ちゃんがあと一歩で個人戦メダルに届かず。実に残念。
団体準決勝でも惜敗。卓球の神様はずいぶんと意地悪だと思う。
結果はともあれ、卓球の面白さ、奥深さといった本質的な部分を伝えた彼女。
メダル以上に価値ある、次へ続く道を築いてきたのは間違いない。
男子のメダルや、期待の十代選手の登場もその成果の一つだろう。

それはそうと、中国代表ではない、中国人選手の多さはある意味、異常だ。
五輪を国別対抗にする意味がない。帰化選手の出場には制限を設けるべきだ。
ま、日本も某芸人さんが国籍変えて出ているから声高には言えないのだろうが。
他国での代表入りを選択しなければ、生活やステイタスが守られないのだろうか。
純粋に競技者生命を全うしたいという動機があまり感じられない。
あの50代のおばちゃんくらいになれば、それは大したものなんだろうけど。

復活競技のゴルフ。今一つ盛り上がらない感が強し。
長い間、競技から除外されていたのは、それなりに根拠があるのかなとも思う。
アマチュアスポーツの祭典にどうにも馴染まない。
いっそ、プロに参加資格を与えず、完全アマのみでやった方が良かったかも。
中継を見ていても、いつものゴルフ中継と絵面が同じなのもまた興ざめ。
日本選手も散々な結果。この後の商売に影響でないのかな?
それが心配な一線級の人たちが、みんな出場していないのは先見の明あり。

ちなみにカヌー、面白いなぁ。
日本初のメダル獲得もお見事。もっと注目されていい。
競技人口、増えないかなぁ。チャリやバイクで危ないことやるよりも断然支持。
馬術やカヌーって何気に好きなんだけどな。放送してほしいなぁ。
民放さんあたりは、無駄にドキュメンタリー仕立てにして尺を稼ぐくらいなら、
ああいう味のある種目を余計な演出いらないから流してほしいな。

2016年8月9日火曜日

五輪観戦記その1

体操団体の金に感動。
失敗に挫けず、坦々と目指す道を歩んだ結果だ。
強い決意とゆるぎない絆、そして冷静な目と着実な実践。
「情理」の調和の末にたどり着いた勝利は真に称賛に値する。
とにかくそれぞれの演技が美しかった。
優れた技術は常に美しいということを再確認させられた快挙だった。

柔道は3階級で全員がメダル獲得。
金を目指したが力及ばず銅であった選手が口々に語る言葉。
頂点を目指すという点では悔しさが残ったのは頷ける話だが、
時流に対応しつつも、柔道の美しさを守り抜いた点では、
正直に安心し、胸を張ってほしい。
「一本」の見事さでは、日本選手が一番だ。

切磋琢磨の末の水泳のW表彰台も見事。
水泳選手団はこの何大会か、チームとして充実していると思う。
今年現役を退いた名選手の残した財産はやはり大きい。
メダルに届かずとも、自己ベストに迫る、あるいは超える結果の連続。
期待の10代選手の7種目エントリーは少々過負荷な印象も受けるが、
怪我だけには気を付けて、伸び伸びと頑張ってほしい。

惜しくも勝ちを得ることができなかった選手たちの中で、
フェンシングの有力選手の初戦敗退は心に残るものだった。
現役に復帰した雄姿をもう何試合か見ていたかったし、
宿願の金をとってほしいと願っていたが、残念ながらかなわず。
敗戦直後にも関わらず、潔い引退表明に驚き、感動した。
一競技者であると同時に、スポーツ界全体に想いを馳せたコメント。
この人がフェンシングの知名度を高め、道を拓いたことは間違いありません。


「お気持ち」を聞いて。

この人はずっと「覚悟」を持って生きてきたのだと。

生きていく上でのこだわりなど、多くの人が「我がまま」にしていたとしても、
この人はそうできない運命を受け入れ、
されど流されることなく、不確かだったものを自らの歩みで築き上げ、
葛藤すれど、さらけ出すことを恐れず生きてきたのだと。

果たして国の象徴とは何か。
国民統合の象徴とは何か。
方向性は示されども、何をもって如何なる姿にたどり着くのか。
主権者である国民に委ねるのではなく、ともに歩み、追求してきたのだと。

この人の人権と、崇高な歩みに想いを馳せ、
望む道を進ませてあげることが、人の道ではないだろうか。

同時に、この発言は単にこの人の歩んだ道や、身の処し方だけでなく、
国の平和を目指すことと我々一人一人がつながっているという責任のもと、
その象徴を、使命と責任を十分に果たせる人に託す必要性があることを、
明確に問題提起したものではないだろうか。

今後の議論が「譲位」に向けた条件整備に矮小化されることなく、
主権者である我々国民の在り方と真摯に向き合いながら、
その象徴である天皇と皇室の在り方を考えるものとなることを切に願う。

2016年8月7日日曜日

五輪はそろそろ在り方を本気で改めるべきだ。

リオ五輪開幕。
「課外授業」が始まってから4回目の五輪。恒例により雑感を。

開会式の過剰演出はいい加減、もういいのではないか。
選手入場までの前置きは不要。入場もきちんと行進すべきだ。
開会式はやはり厳粛であるべき。今回は「閉会式か?」の感強し。
選手も「選ばれし者」たる自覚と威厳をもって参加すべし。
写真撮りながらの行進や、しゃがみ込んでの開会式参加は恥ずべき態度だ。

次回は東京開催。開会式はぜひとも、質の高い「式典」にしてほしい。
行進曲は派手さは不要。ゆったりとした、厳かな曲調がふさわしい。
かつての東京大会のために作られた行進曲を、厳格なテンポで演奏するも良い。
選手たちには、胸を張って堂々と行進してほしい。
観衆からは、国を超えて温かな拍手が送られる式であってほしい。

競技中の観戦マナーもどうにかならないものだろうか。
リオ五輪の中継を見ていると、飲食しながらの観戦も目立つ。
競技中にも平気でブーイングをする。選手の集中をそぐ、過剰なまでの声援も多い。
残念ながら、地元の方々の観戦マナーがひどく悪い。競技会にふさわしくない。
サッカー観戦と同レベルで、あらゆる競技の会場で観戦をしている。
アマチュアスポーツの競技会であることを忘れてはならない、
北京大会もひどい印象を受けたが、今回もそれに匹敵するマイペースぶりだ。
「国民性」や「価値観」などということで片づけてはいけない問題。
これでは「民度が低い」という批判が生じても当然である。
競技する側にも、応援する側にも「オリンピック精神」は求められるはずだ。
それができなければ、五輪の存在価値などない。

政治や経済を軸に考えていくと、嘘やごまかしが必ず生じる。
国の馬鹿騒ぎの口実にするのももちろん論外だ。
そんなレベルじゃ、あらゆるところに綻びが次々と現れる。
リオ五輪は開催前からそのことを証明している。
身の丈に合わない、本質を見極めない五輪招致は、本当の幸福を招かない。

東京大会はこうした点でも、五輪のあるべき姿を真に追求した大会であってほしい。
「TOKYO」から世界に発信するべきことは、どこぞの政治家が話していることではなく、
熱く激しくも清々しい、スポーツの祭典のあるべき姿ではないだろうか。


追記:そんな中でも真摯に競技に打ち込む選手の姿には実に感動させられる。
    彼らの努力を何かの「手段」にしてはいけない。

2016年8月4日木曜日

炭火焼賛歌

夏の楽しみと言えば屋外での焼肉だ。

BBQだなんて特殊機関の名前みたいに呼ぶな。焼肉と呼べ。
いや、肉以外も焼くから、ここは正しく「炭火焼」と呼べ。

最初からマシュマロを炙る気満々で炭を熾すな。まずは肉だろ。
牛も豚もいいけど、何といっても鳥だ。焼鳥だ。
いきなり牛カルビなんか焼くな、若者よ。脂に引火して一大事だ。
あたり一面煙だらけ。網も煤で真っ黒けだ。
網にじっくりと馴染ませていくなら鳥の脂だ。まずは焼鳥だ。
ポタリぽたりと脂が落ちるから、ほどよい燻煙が立ち上る。
炭火で焼いた焼鳥を手に、冷えたビールを飲まないわけにはいかない。
この組み合わせを知らない人は、人生の半分を損している。

さっと炙ったイカもやめられない。お酒はぬるめの燗でなくてもいい。
気温20度以上であれば迷わずビールだ。
貝や魚も当然焼いてよし。牛や豚も二番手以降ならどんどん焼いてよし。
羊や鹿の肉もまたうまし。味付けラムなら鉄板も用意すべし。
ジンギスカンにうどんの組み合わせはノーベル賞ものだから外せない。
野菜も見捨ててしまわない範囲でつつましく焼くべし。
恥ずかしいくらい笠の開いたシイタケも焼いて醤油をたらそう。
焼きナスも登場した日には言うことナス。嫁にも堂々と食わせよう。
トウモロコシは皮つきで焼いてしまおう。
皮が焦げまくっても大丈夫。向いたら黄色くてツヤツヤの実がこんにちは。
これが本当の焼きトウモロコシだ。
プチトマトにベーコン巻くのって誰が考えたんだ?いい仕事するじゃないか。

大勢でやるのもいいが、一人二人で穏やかにやるのもいい。
大勢でやるなら「祭り」、一人二人なら「癒し」。
私はじっくり食べるなら一人「炭火焼」だ。
みんなでやると、お世話する方にエネルギーを使ってしまう。
みんなで店に行ったり、外で炭火焼するとあまり食べずに終わってしまう。
一人でやる時は七輪がいい。少ない炭で最大限の遠赤外線。
今年は角型ワイドタイプの七輪を買った。サンマも余裕で焼ける。
中が二つに分かれているので、違う火力で焼けるのも魅力だ。

夏の楽しみ、炭火焼でのビール。果たして最高のつまみは何か?
それは、真っ赤に熾き始めた炭火だ。
これからさあ焼くぞ…という前に、じっと炭火を見る。
赤々と熾きた炭の隙間からゆらりと顔をのぞかせる炎。
1/fのゆらぎに癒されながら、一口目のビールを飲む。
ささやかな宴の開幕を告げる、静かな前奏曲のごとし。

夏休みに入り、定時退勤できる日が続いている。
気温も高く、風も穏やかな日は迷わず帰り次第、炭を熾す。
一人「炭火焼」は短い夏のひそかな楽しみだ。


追記:炭火焼好きは寒くても実は炭を熾す。
    真冬だって、その気になれば外で炭火焼する。
    ただし、その時は大勢でやる。一人ではやらない。
    みんなで勢いよく、寒さに耐えながら杯を交わす。
    その様、さながら寒修行のごとし(笑)

月命日の朝に。

情に溺れる者は理を忘れ、
理にしがみつく者は情を忘れる。

情のわからない者に理は語れず、
理のない者に情は伝わらない。

「情理」とは対を成すもの。
さながら光と影のごとく、対を成すもの。



晴れた空を眺めながらコーヒー飲んでたら、アイツを思い出した。

「お前さん、また難しいこと考えてるね」

2016年8月1日月曜日

燃える涙はこぼれ落ち。

「男泣き」と聞いて、真っ先に頭に浮かぶのはいつも千代の富士。
日頃の気さくさ、饒舌さは影を潜め、絞り出すように語った短い言葉。
画面越しとはいえ真の男の涙を見た25年前の引退会見。
大鵬、北の湖に続き、千代の富士までもが逝ってしまった。

強さ、巧さで楽しませてくれる力士が今後現れようとも、
その生き様に胸が熱くなる力士にはもう出会えないような気がする。

日本人横綱の誕生が待望されているが、
本当に待たれているのは、昭和の横綱たちのように、
楽しくも激しく、そして見ている者を熱くさせてくれる力士だ。
そんな意味では、千代の富士は最後の横綱らしい横綱だった。

平成の終わりの足音も聞こえてきた感があるが、
昭和は本当に遠い過去になってしまったんだなぁとしみじみ思う。

都知事選雑感

まぁ、大方の予想通りの結果と言うことで。

「後出しジャンケン」のあのお方は、注文相撲でも負けてしまった力士の感。
手の内を相手に見切られ、あっという間に土俵際。最期はあえなく腰砕け。
敗戦の弁で恨み言をちらつかせる姿に幻滅した支持者も多かったのでは。
ジャーナリストには鋭さと潔さを大衆は期待しているんですがね。
週刊誌ネタも圓楽さんくらいに頭下げちまった方が良かったんでしょうが。
文枝ばりのうろたえようじゃ、江戸っ子は洒落てないと思ったんでしょう。
やめちまった前の知事も似たようなもんでしたから。
何にしても、老醜をさらしたねぇ。この後、どうするんだろ?本業に障るよ。
次の国政選挙で担ぐ政党でもあるのかねぇ。この年とった新人を。

ジャーナリストと言えば、「無双」を気取るあのお方。
政治をわかりやすく伝えた点では功労賞もんだけど、少々飽きられ感が。
この人、選挙番組に担がれだしてからちょっと印象悪くなった。
やり取りが鋭さを超えて、品の無さがどうにもひっかかるようになってきた。
大衆の声を代弁するかのような、上から目線も正直見ていて気持ちよくない。
外野で騒ぐ俄か評論家みたいになってほしくないねぇ。こういう人には。
ジャーナリズムの本質は「監視」ではない。「伝える」こと。
真実を見つめる視点と必要性の多様さを「提起」すること。
判断する主体はあくまでも我々の側にあることを忘れちゃいけない。
それを忘れちまうような「煽り」を、こういう才能ある人にさせちゃいけない。
仕事選んでほしいなぁ。
ま、選挙に立候補しなかっただけ、実にまともですよ。立場わかってる。

知事経験のあったあのお方。
実務経験よりも後ろ盾が目立ってしまったのが運の尽き。もったいなかったねぇ。
この人負けたのは、ホント後押しする人たちの責任。
「引き締め」だなんて「締め付け」以外の何ものでもない。
どこぞの組じゃないんだから。

その他大勢はこの際、どうでもいいや。選挙は参加することに意義はないぞ。
むしろ、お前さんたちの参加に「異議」ありだ。
実績と支持者をきちんと増やしてから、手をあげなさい。

2回連続次点だったあのお方は立候補見送り。
この人、出ないこととその後の対応で姿勢の一貫性を示したかも。
今回の選挙で一番「負けていない人」はこの人だって、みなさんお気づきかな?

とどのつまり、消去法で決まった今回の都知事選。
投票率が上がったことがせめてもの救いかな。
決まったお方はぜひ頑張って。
「グリーン」もいいけど、「クリーン」な都政をお願いしますよ。



2016年7月28日木曜日

後出し二題

甲子園。
せっかく決めても、子教えん。
名物監督の後出しジャンケン。
認めてもらえず、結果的にはフライング。


都知事選。
まともな人ほど、都知事せん。
知名度ある方の後出しジャンケン。
勉強が追い付かず、結果的にはフライング。

2016年7月14日木曜日

今年も始まる。

島の祭り。

今日は3年ぶりに晴天に恵まれ実施となった子ども神輿。
先生方は自分の担当の地区の神輿について回る。ご苦労様。
管理職は…というと、隣の小学校の2人は行く先々で待ち構えて写真撮影。
ウチの大将はある地区の神輿にずっとついて歩いている。
私は…というと、全部の地区の神輿を渡り歩いて一緒に歩いた。
御祝儀もちゃんと出しましたよ。全部の地区に。(あとの3人は出してないみたいだけど)

夜は宵宮祭。
祭りの名物の子どもたちの神楽舞行列が文化財になったので、撮影業者が来てた。
行列そのもの以外にも祭り全体をセットで映像記録化するらしいんだけど。
みなさん、わかります?いわゆる業者さんのいで立ち。
あの何とも言えず機能的で普段着な恰好。撮影スタッフってそうですよね。
神社に行くと、そんな人たちがカメラや三脚、照度計なんか持っているんですよ。
わかるんですけどね。それが「仕事着」なんでしょうから。でも、何とも場違い。

私、3年前に初めて宵宮祭に出た時、クールビズだったんですよ。
でも、役員・総代のみなさん、ネクタイ締めててね。反省しましたよ。
クールビズだなんて、公務員だけですよ。公認してるのは。
神事に臨むみなさんは、ネクタイ締めて礼を尽くしてるんです。当たり前のように。
別に文句もお叱りもありませんでしたけど、考えさせられました。あの時は。
以来、宵宮祭はネクタイ締めてますよ。今日だってそう。
業者さん、予定されていた取材なら、ちょっと勉強してきても良かったかも。
それより何より、入って行っても「よろしくお願いします」の一言もなかったのがNGかな。
当然、みなさん「ご苦労さん」の一言もありませんでしたよ。愛想なしは相手にしない。
あ、一人だけ一番下っ端らしい人がバツ悪そうに社殿の外にいたかな。
そいつが一番空気読めていたりして。自分たちが招かざる客になってしまってるって。
せめてチーフ格の人だけでも、もうちょっとちゃんとした格好してればよかったのに。
クールビズでも受け入れてもらえるんだから。

さて、島の祭りも4年目の私。
みなさん、「今年も担ぐんでしょ」と次々声をかけてくれる。
「今年も最後まで頼むね!」と握手してくれるのが何よりの励みだ。

2016年7月12日火曜日

世紀の凡戦の始まり

恒例により素人・小物・勘違いの博覧会の様相を呈してきた都知事選。
話題の中心はかつてマドンナ、いま窓際オンナのあのおばちゃんと、
かつてトレンデイ俳優、いま票が獲れんでぃ俳優のあのおっさん。
おっさんは世間からの冷たい風が裸足にしみたのでしょう。あえなく撤退。
業界、家庭内ともにイメージダウンは免れないでしょう。駄馬の先走りでした。
おばちゃんも空気読まずに先走りするから、仲間内から総スカン。
ライオンさんの真似と言わんばかりの「都議会解散宣言」は賞味期限切れネタ。
オリンピックがやってくる東京は、これじゃ「顔」なし、「表」なし。
落ち目のM1グランプリばりの凡戦をしばし眺めることにしましょうか。

2016年7月7日木曜日

週刊は大変。

今度の学校の学校便りは「週刊」。
毎週書くことはなかなか骨の折れる作業である。
アーカイヴを紐解いていると、当時の編集者の苦労がしのばれる。
あれこれと話題を見つけ、どんな小さなことでも取り上げている。
写真も飾り文字も、吹き出しも、ありとあらゆるもので紙面を埋め尽くしている。

かつての編集者を悪く言うつもりはないし、その頑張りには頭が下がる思いだが、
正直、少々紙面が騒々しい印象。文字も情報量も多い。おまけに字が小さい。
読み手は子どもたち、そして親たち。地域の人たち。
地域の人…と言えば、お年寄りも多い。かなり多い。
そこで、私は紙面を大きくし、字のサイズも大きくした。
記事の数もしぼり、文字数もかなり減らした。レイアウトもすっきりと。
地域から早速届いた声は「読みやすくなった」
子どもたちの感想は「新聞みたいだ」
そう。新聞の様に、毎日でも読めるシンプルさを目指した。
まずは作戦成功。

加えて、毎週コラムを書くことにしている。話題は様々。
大人にも子どもにも、何かを発信することを心がけている。
毎週、学校HPにアップしています。
ここがスロー更新でも、毎週あれこれと書いているのでご安心を。
流眺節は健在です(笑)

2016年6月28日火曜日

選挙権

18歳は早いと思うけどな。個人的には。
「暮らし」や「社会」というものをまだ表面的にしか知らない。

毎月お金を稼いで、毎月使っていくということ。
生活に十分なお金を稼ぐのは簡単ではないということ。
周りの人たちが、それぞれにいろんな事情を抱えているということ。
仕事と仕事がつながりあっていること。
会社がいろいろな背景を抱えていること。
好みや適性だけでは働いていくことができないということ。
メディアは社会の縮図であるということ。
子どももまた社会の縮図であるということ。
男女の間には越えられない、越えてはならない壁があるということ。
教育や福祉には厳しい現実があるということ。
行政の人たちだって、決して机の上だけで仕事していないということ。

いろんなことを実感して、そこで生きる覚悟を持って。
「責任」って、そうじゃなきゃ生まれてこない。
「票の重み」って、数量的に考えるだけじゃいけない。
質的な重みを考える時、選挙権年齢の引き下げは決して賢い選択ではない。



ちなみに。

来週に迫った参院選。ここらの地域は投票率、低いだろうな。
だって、中体連の大会ぶつかってるもん。みんな行くよ。応援に。
島民はかなりの数、陸に上がっちゃいます。留守です。
私はちゃんと期日前投票行きますけどね。
みんなどうかな。

暮らしや社会が変わるという期待感。
約束の行方が分かる透明性。
何をしてくれるのか、何をしなければならないのかがわかる明解さ。
信頼するに値する政治家としての専門性と清潔性。
それが本当に伝わってこなければ、忙しい合間を縫って投票には行かないと思う。
仕事や家事を30分休んで出かけるのだって、実は大変なこと。
本当に重みのある票を集めて、民意を問いたいのならば、
選挙権年齢を引き下げる前にやらなければいけないことって山ほどあるよ。

年寄りと子どもを大切にするのは世の常。
でも、そのどちらも支えているのは私たちの世代。
今元気であるべき「大人」だということを政治の世界は忘れてほしくないな。




2016年6月26日日曜日

こちらも離脱

イギリスがEUにサヨナラするようですが。

私はIEにサヨナラしました。
このところどうにも動きが悪い。今月末に入ってから特に。
OSの強制切り替えというか、だまし討ちのようなやり方に批判集中のMS。
7や8から強引に乗り換えさせようとしている「10」からは別物が標準装備とか。
わざと動作性が悪くなるような更新をして、誘導してるのかと思うくらいの腰の重さ。
こりゃ潮時と考えて、クロちゃんに乗り換えました。
狐さんも以前は仕事で使っていて、どちらにするか迷ったんですけどね。
クロちゃんに変えたら、サクサクっと動いてくれるので快適です。


2016年6月10日金曜日

信頼

島のあちこちに点在する集落ごとに、小さな小さな神社がある。
6月に入り、短い夏の訪れとともにそれぞれの神社でお祭りが行われる。
往時は神輿が練り歩いたり、芸能発表があったりと賑やかだったそうだ。
今では島で一番の神社の祭り以外は、お詣りの後で直会がある程度の簡素なものだ。

いつも祭りの案内が届くはずの集落から便りがないと話題となった。
前の学校では案内がなくても(あっても大概ギリギリに届く。慣例だから説明不要なのだ)、
こちらから予定を確認して御神酒を納め、お詣りと直会に顔を出していた。
向こうも学校はきちんと顔を出してくれるという信頼があったと思う。
今度の学校での対応を確認すると、案内があった所へは対応をするということ。
昨年からそう「線引き」をしたという話だ。
便りがないことをあれこれと話しても埒が明かないので、足を運ぶことにした。

自治会長のもとを訪れると、家の脇からカンカンと何かを叩く音。
呼び鈴を押す前にのぞき込むと、以前から顔見知りの会長がいた。
自家製の糠ボッケを試食しようと、叩いて柔らかくしていたところだった。
挨拶を交わすと2本持っていたホッケの1本を「ホレ!」とさしだしてくれた。
出来立ての糠ボッケをそれぞれ手に、外で立ち話。
祭りの予定について尋ねると、例年通りの段取りを教えてくれながらこう一言。
「いつも学校に気ぃ使わせるから、今年から案内ださなかったんだ」
『いやいや、気ぃもなんも、いつも世話になってるから、今年もお詣りさせてください』
「いや、なんも来てくれるのは大歓迎だ!」
そう言って、自治会長は笑ってくれた。
「これも持ってけ」と帰り際に、もう1本の糠ボッケも私にさし出した。

前の学校にいた頃からのつきあいだから私にはわかった。
遠慮しているような口ぶりだが、「線引き」をするような学校の姿勢が見抜かれていると。
どこからか話が伝わっているにも違いない。田舎はそういうところに敏感だ。

古くから学校の営みは地域の営みとともにある。
島の学校は昔は春の漁が忙しくなると「生業繁忙休業」というのがあった。
1週間、学校を休みにして、家業を手伝うのだ。
漁師の子でない子も、近所に出向いて手伝う。先生たちも。
代わりに学校で何かあれば、今度は地域が物心両面で支援をしてくれる。
そんな時代を経験している人たちが年をとって、今の島の暮らしを支えている。
学校は地域の中にあり、地域とともに歩み、住民同士の横のつながりと、
子どもを育て、今と未来を縦につなぐ要として彼らとつながりあってきた。

その信頼が崩れかけている。

愛想なしのヤツをあれこれと言い続けるような野暮なことはしない。
それなら、こっちも無理して付き合わないというドライさが浜の人間の気質だ。
情には厚い。情は何よりも大切にするが、それで互いを縛りあわない。
(私も浜育ち。案外そういうところがある)
それをわからずに、地域が示した「遠慮」を「心離れ」ではなく「配慮」と勘違いしたら、
そんな馬鹿な学校に未来はない。

仕事の合間を縫っての対応だから、時間にも制約がある。
直会で毎度酒を…というわけにもいかないだろう。
だけど、可能な限りは地域とつながっていこうと思う。当たり前のこととして。
「線引き」なんて関係ない。人のつながりはそんなものではない。
「だから流眺さん、ここの学校に来たんだな」と地域の人には感じてもらおう。



糠ボッケは島ならではの味わいの一つ。
焼いて食べるのが一般的に知られているが、皮をむいてそのまま食べるのも格別だ。
島の名物を肴に、今夜の会長さんは何を思って一杯やっているだろうか。
そんな思いでつながりあいながら、私も家で一献傾けた。
糠ボッケはかみしめるほどにいい味がした。





2016年5月28日土曜日

まず1本…が難しい?

自主研修という名の自由時間(笑)
ホテルへ戻る時間に遅れた子数名。
「モン○レ」と名のつく宿、2つあったからね。案の定、間違えたって。
無事で何よりと安心させながらも、しっかりと反省もさせて。
「○パや○横インじゃなくてよかったな。もっと迷ったぞ」と冷やかしも。

それにしても、スマホ持たせなければ、遅刻しそうになっても電話もしない。
公衆電話は見当たらなくなって久しいし、電話を借りるという発想もない。

便利さはたくましさや臨機応変さを確実に奪ったなぁという話。


ま、自分が小中高と毎回修学旅行で「遅刻→外出禁止」だった私ですが(笑)

2016年5月26日木曜日

思い出の花、絆の種。

午後からラフティング。7年ぶり。
子どもたちみんな川へ飛び込んだ。
担任も飛び込んだ…というより落とされた(笑)
私はボートに残って引き上げ役。みんな楽しんだようで何より。
不器用だけど真面目な担任が頑張っているクラス。応援してるクラスと担任。
家族のような諦めと優しさが涙が出るほど感動的に生まれ始めている。
そのほんの一瞬に立ち会えているのがうれしい。
私のかけた魔法にみんな気づいているかな(笑)

本当のいい思い出って、時が過ぎるほどに深く心に浮かぶもの。
いつかこの子たちもわかると思う。
この担任もいつか、そう教えてあげられるようになる。


素敵な旅もあと残り2日。

2016年5月24日火曜日

バイキングブルー。

修学旅行を引率中。
10人の子どもに担任、副担任が各1名。それに管理職。
一応「団長」なんだって(笑)
いい子たちに働き者の先生たち。
やることないぞ。吾輩。

連日のバイキングと弁当に果たして耐えられるだろうか?
ハンバーグの登場回数、やたら多いぞ。
子どもはハンバーグ食わしときゃいいってもんじゃないぞ。
だって、ウチの子たち、刺身好きだから。それも新鮮なやつ(笑)
私も最近辛くなってきた。バイキング。
続くと飽きる。並ぶのも選ぶのも朝っぱらから疲れるし。
トレイを片手で持ち続けるのも疲れるし、危なっかしい。
でも、子どもの前ではそんなこと言えません。

頑張ります。

2016年5月14日土曜日

土曜の午後

午後から家の周りの草取り。
一段落して、絶景を眺めながらコーヒーブレイク。

夜はイカ釣りに出かけようかな。
教え子たちがうるさいんだよ。
「教頭先生、釣れてますよ!」って(笑)


【追記】
2時間ほど、港へ出かけてきました。
今日の釣果はヤリイカ12杯。型も良く、いい群れが入ってきていました。
ウキ釣りの釣果としてはまずますでしょう。
帰宅すると、ご近所さんから何やらいただいたという話。
袋の中を見ると…ツブ貝が30個ほどとヤリイカが12杯(笑)
身が透き通った新鮮なイカ刺しで今夜は晩酌でした。

2016年5月10日火曜日

繰り返される生死。

朝日と朝の空気は、期待と勇気を連れて来る。
夕日と近づく夜の気配は、後悔と祈りを連れて来る。
生死をも思わせる繰り返しが日々となって積み重なる。

朝のコーヒーブレイクでふと思う。





何のこたぁない、
朝日見るとやる気出て、夕日見ると何だかしんみりするっていう話。

パトカー見ると何だか緊張するっていう不思議もあるけどね。
別に悪いことしてないのにさ(笑)

2016年5月8日日曜日

世界の「TOMITA」を悼む

冨田勲さんは過去と未来をつなぐ「音楽家」でした。
作曲家としても広く親しまれる名曲を残し、
編曲家としても一流の技で、シンセサイザーでオーケストラを再現し、
演奏家としても唯一無二の音空間を作るべくチャレンジした人でした。
常に時代の先端を歩き、されど伝統を否定することもなく、
時間を超えて冨田サウンドを発信し続けた、生涯現役の音楽家でした。

シンセサイザーを真に芸術を彩る楽器へと押し上げた求道者の音もまた、
私の青春時代の一つの大切なピースでした。
今、当たり前に溢れている音たちを生んだ偉大な氏の冥福を祈ります。

本当に星になったプラズマシンフォニーオーケストラのマエストロへ。

もう30年以上もあなたの音楽に魅せられているファンより。

2016年5月7日土曜日

正常化

職場が変わって、少しだけ自分の時間が増えた。
何でもかんでも教頭という仕事の過剰負担が無くなったのと、
出勤時間が早くなったので、早起き型になったことが理由。残業も減った。
定時より早く出て、定時を過ぎて帰る生活に変わりはないが、
時間のゆとりができたのは事実。

生活リズムの微小変化に伴って変わったこと。

本を再び読み始めています。朝と夜にコーヒー片手に。
音楽と本が身近な暮らしが帰ってきました。

朝食が軽くなりました。トースト1枚にたっぷりのコーヒー。
食べることで無理に元気を保とうという気持ちが薄れてきました。

忙しいはずなんだけどね。相変わらず。
でも、少しだけゆとりが生まれています。悪くない感じ。

2016年5月2日月曜日

べりい ほりでい。

朝、窓を開けて外を見る。
コーヒーをゆっくり飲みながら本を読む。
目が疲れたら、空、海、島を眺める。
好きな音楽を低くかけて、その繰り返し。

連休、何処へも出かけずにのんびり過ごす。

だって、ここ「観光地」だもん(笑)出かけなくても。

2016年4月30日土曜日

絶対に言わない。

よくある言い回し。


「縁あって、この度こちらに…」


ホント、よくあるでしょ。赴任のあいさつに。
我々の業界では、お便りや懇談会でまであいさつにこの言い回しを使う人多数。
私、今では絶対に使いません。このセリフ。


親や子どもは担任を選べません。先生を選べません。
先生方は校長や教頭を選べません。(私立には公選で…という所もあるけど極少数)
校内の分掌リーダーだって、最終的にはトップの判断ですよ。


だから決める側には責任があるんです。
決まった人には覚悟が必要なんです。
役割は、その時々のベストメンバーで組む必要があるんです。
これは、「縁」なんて偶然じみた言葉で片付けてはいけないんです。


一か月たって、学校の抱える課題が明確に見えてきました。
希望とやる気に満ちた若手や、大変な時代を支えてきたベテランの苦悩にも触れました。
「いや~流眺先生…」と、地域の本音も聞こえてきました。


車で10分の異動が決まった時から、私の中には覚悟がありました。
だから私は絶対に言いません。「縁あって、ここに来ました」なんて。


若手の苦悩をひとしきり聞いた深夜の職員室で、こう言ってあげました。
「だからここに来たんだよ。こういう所ばかり回ってきたから、心配いらないよ(笑)」




さて、絶対言わない言葉の代わりに、読者のみなさんにはおなじみのセリフを一つ。


―「本物の学校」づくり、スタートです。―

2016年4月19日火曜日

願う。

季節はずれの雪が積もる北海道から、被災地のみなさんへ。
心より御見舞い申し上げます。
一日も早く余震が落ち着きますように。
復興・復旧までの道程は遠いこととは思いますが、
ここでできることををしっかりと果たしながら、
みなさんのこれからを応援しています。

多くの被害、犠牲も現実としてありますが、
阪神淡路や東北の経験が教訓として生きている面も感じます。
施す側の一方的な感情による支援への警鐘がある点も共感できます。
現地の人たちの自主自立を真に支援する、息の長い助け合いを。
偽善は所詮、偽善です。自己満足です。
被災者の「日常」がどうか帰ってきますように。

2016年4月4日月曜日

竹輪賛歌

竹輪最高。
煮てよし、焼いてよし、炒めてよし。
練り物の傑作、竹輪。
竹輪天なんて、誰が考えたんだろう。
ゲソ天、竹輪天とうどんの組み合わせは魔性の旨さ。
そのまま食べてると、旨味の向こうに海の記憶。
これにマヨネーズかけるなんて、ノーベル賞もの。
パンに挟んで竹輪パンなんて、まさにコロンブスの卵。
キュウリにチーズ、何でも受け入れる竹輪の穴。
穴の向こうに幸せな顔が見える。
一人しんみりと飲む酒の供にもちょうどいい。
嗚呼、竹輪よ。
今宵も私のそばにいておくれ。
竹輪の友でいておくれ。

2016年4月3日日曜日

「あさが来た」の好演出

高視聴率のうちに終わっちゃいましたね。
キャスティングの妙もあり、楽しめるドラマでした。
ずっと見ていて気がついたことが一つ。

それは臨終の瞬間を描いていないということ。

多くの登場人物が亡くなってますが、ただ一人として描いていない。
よくある臨終の瞬間そのもので涙を誘う演出をしていない。
亡くなる瞬間ではなく、亡くなった後に視点を向けている。
喪失感が静かに心に届く演出だと思うんですね。

人が死ぬという事実を露骨に見せる安っぽいドラマが多い中、
隣人の死が日常であることを静かに扱った好作品でした。

2016年4月2日土曜日

おうしゃんびゅう。

今度の学校は坂の上にある。
住宅も坂の上にある。
職員室からも、住宅の窓からも、
隣の島が良く見える。
絶景かな。絶景かな。


2016年3月31日木曜日

引っ越しました。

荷作り一ヶ月、積み込み1時間。で、移動10分。
ご近所さんの教員仲間が早速手伝ってくれて、荷下ろしは20分。
あっという間に引っ越し完了です。
隣の学校へ異動したので、ご近所さんみんな顔見知りなんですよ。
何とも楽しい引っ越しです。

楽しいといえば、荷作りも今回は完璧。
結束バンドとプチプチシート大活躍。
荷物の整理が苦手なカミさんも頑張りました。

それにしても、さすが島内異動。
出していたクリーニングが、既に引っ越し先に配達されていた。
しかも家の中にかけられてたよ。私を出迎えるかのように。
これぞ究極の転送システム(笑)

2016年3月29日火曜日

一応挨拶回り

転出の挨拶に回ると方々で笑われた。

「3年間お世話になりました。4月からは…」と、このあたりでクスッ。
「引き続き、この島で働きます」でゲラゲラ。
大爆笑だったのは春からの赴任先。「4月からはここで働きます」

「来週、改めて転入の挨拶に伺います」と何だか変な挨拶回りだった。

2016年3月20日日曜日

引っ越します。

あ、ブログはこのままです。
この4月に異動です。
落ち着くまで、更新が滞ります。

えっ、今度はどこかって?
隣の中学校です(笑)
島の中でお引っ越しです。
赴任旅費、ほとんど出ません。赤字です(笑)

明日は卒業式です。
卒業生諸君。中学校へ行っても吾輩がいるぞ。ケケケ。

2016年3月12日土曜日

右か左か。

家でも店でも、別にどっちでもいいけど。

店で食べてホッとできるのが炒飯。
家で食べてホッとできるのがカレー。

餃子は…どっちでもいいかな。

久しぶりにラーメンと炒飯のセットを食べた。
炒飯を右に置くか、左に置くか。
悩んだ末に私は右に。
皆様、いかがでしょうか。
うどん、蕎麦と稲荷寿司や丼物でも悩むところですが、
ここでも私は麺を左にします。

別にセットにしなけりゃ悩まないんだろうけどね。

2016年3月9日水曜日

うそつけ。

急用で島の外へ出かけ、朝一便で戻ろうとしたら…欠航。
今の時期は1日2便のみ。午後の便は天候調査中。
駅の共用スペースで時間つぶしてます。
好きなクラシック聴きながら…優雅な難民(笑)

ところで、マジックカットってあるでしょ。
カップ麺だとかあらゆる食品についている小袋の仕様で。
昔は小さな切り込みが入っていて、
それがなければ歯でチョイとかみ切ったくらいにして。
それがいつの間にか「どこからでも切れます」ってね。
マジックカットの登場ですよ。

でね。

あれ、みなさん上手いこと切れます?
私、どうもだめなんです。1回で切れない。
必ず場所を変えて2回目で切れるんですよ。
「どこからでも」って言うたやないかー!キー!っていつもなる。

世の中にはやはりマジックはないのだろうか。

2016年3月2日水曜日

島の一大事?

私の住む島には1軒だけコンビニがある。
北海道では勢力のある、4月からロゴが少しだけ短くなるあのコンビニだ。
昔からの商店の経営者が高齢化し、次々と閉店する中で、その需要はとても高い。
物価が平均して高い島で、日配品の回転もよく、安定した価格なのもうれしい。
旅行者にとっては安価で高品質のオリジナル商品を思い出に買う人も多い。

そのコンビニが、
島で1軒のコンビニが、
来週から1か月間、休業する。

店舗の一部を改装するのがその理由。
系列店でトップクラスの売り上げを誇る島のコンビニ。
果たして島民は1か月耐えられるのか(笑)

休業に向けて、店内の棚はスカスカ。
まるで、フェリーの欠航が続いているような感じだ。
仕入れのセーブも当然始まっているだろうが、
島民の本能からか、買いだめしてる人もきっと多いのだろう。

2016年2月29日月曜日

好かん。

「ボク、人じゃないんだ…」っていうCM。

ウケてるみたいだけど、何だかとても不快。
子どもを表現の道具に使うのって、とても不快。

暴れん坊将軍

ただいま通過中です。昼からずっと猛吹雪。
学校は全部午後の授業をカット。
バスも運休。フェリーも欠航。
温泉も臨時休業。漁組は給油所も金融部も購買もみんな早じまい。
店という店は全部臨時休業。島の道路も全部通行止め。
大きな道路はゲートを閉めて。小さな道路は雪で埋まって自動的に。
今日は夕方までに島民全員が引きこもりになりました。

2016年2月28日日曜日

どっちなんだ。

「生どら焼き」
加熱してるのか、していないのか(笑)
一瞬戸惑う名前だが、文句なしに美味しい。

日曜の午後の戯言。

2016年2月26日金曜日

自治会の臨時総会に行った。
予定されていた議題はすんなりと終わった。
それで終わるはずがないのが地域の集まり。
ほどなく、缶ビールやつまみの袋が出てきた(笑)

私はこの地域に来て3年目。
管理職の人事は2~3年サイクルというのはみんなもよく知っている。
「そろそろ出たのか?」とみんなは尋ねる。
「人事はひとごと(他人事)ですから」と私ははぐらかす。
みんなそれだけで事情はよく呑み込める。それ以上は尋ねない。

総会の後の直会。私は何人もの顔役たちと杯を交わす。
ウチの上司は自治会長とずっと飲んでいる。
私と顔役たちとは昔話に花が咲く。武勇伝のオンパレードだ。
上司と自治会長とは何やら政治的な話もチラホラ聞こえる。
町議会議員だからといって、それはないよなとふと思う。
底抜けに楽しい与太話の輪の横でそれは野暮というもの。

顔役たちの中に、数年後PTAの仲間入りをする人がいた。
なかなか気骨のある人だ。
いつかPTA会長になってほしいと以前から話をしていた。
いつか校長先生になってよと以前から言われていた。
そんなつながりがとても愛おしい。
酔っぱらっているウチの上司には、そんな「志」は到底わかるわけもない。

「じゃまた。お疲れさまでした」とそれぞれの帰路につく。
私が歩きだしても少しの間、彼はずっとお辞儀したままだった。
冬の星空を見上げながら、遠くに見える彼としばしの別れをした。


2016年2月21日日曜日

四大陸雑感

四大陸選手権って、こんなに力入れてTVで放送していたっけ?

男女ともに優勝した選手は文句なしの演技でしたね。正確かつ優雅。
よく滑るスケーティング。指先まで神経が行き届いたしなやかな動き。
必然性が感じられる演技構成。そして音楽との調和。
「流れ」が自然な演技がやはり美しいということでしょう。行書の筆運びのように。
ジャンプがどんなに良くても、その間がゆるんじゃうとね…迷い筆、迷い箸みたいで。

以前から言ってますが、音楽の編集は何とかならないんですかね。
選手だって滑りにくいと思いますよ。唐突に曲が飛んで。拍や拍子もおかしいし。
今日一番驚いたのは…「ロメオとジュリエット」かな。
両家の因縁が紹介されたかと思ったら、いきなりジュリエットが死んでしまい、
そこから物語の始まりへと戻ってしまう。もう支離滅裂。
選手に罪はないのでしょう。きっと。コーチや振付師さん、もっと勉強して。

男子で優勝したチャンさん。
ショパンのピアノ曲のつなぎ方も実に音楽的で見事でした。
いい音楽はいい表現世界をつくってくれる好例でした。

観光迷走案内

TV見る度に思うことを一つ。

タレントさんが観光地や美味しいものを紹介する旅番組ってありますよね。
今日は札幌が紹介されていたんですが…これが???。
ラーメンにジンギスカン、カニに市場めし。
夜景がきれいなスポットに時計台…と手堅く紹介はいいのですが。

順番がどうにもおかしい。

画面の隅に地図も映しながら丁寧に紹介してるのですが、行ったり来たり。
札幌に行ったことがある人なら「えっ?」って思うんだけどな。
時計台に行って狸小路でお昼食べて、
駅前の宿に行って、すすきので一杯飲んで、
駅前で夜景見て、またすすきのでラーメンでしめる(笑)
目回るよ。あの通りに観光して歩いたら。

ま、お店や取材の都合もあるのでしょうが、つなぎの絵もちょいと変だったりして。
「あそこ行くのに、絶対ここ通らないよなぁ」なんてね。

みなさん、地元が紹介される度に、同じこと思ってるんでしょうね。ケケケ。

2016年2月12日金曜日

見事なオチ

屋根の雪が融けては凍ってを繰り返して、軒先に大きな氷の塊が。
4~5mは幅があったかな。部屋3つまたいでいたから。
つらら落としを伸ばしてコツコツと叩いて少しずつ落とそうとしたら…

ドーンと一気に落ちた。

ドリフのコントか(笑)

2016年2月10日水曜日

両成敗という名の軟着陸が正義をつぶす。

両成敗でいいわけがない。

何でも両成敗で片づけるの、嫌いです。
明らかに責任を負うべき者がいるにもかかわらず、100-0の決着を避ける。
相手に振り回されているにもかかわらず、無理やり双方に過失を作る。
曖昧にすることと物分かりがよいことの混同。
笑顔と御免の安売りをしている人間が信用できたためしがない。

だから、両成敗でいいわけがない。
白黒つけるべきことから逃げると、
必ず濡れなくてもいい雨に打たれる正直者がいるのを忘れるな。

2016年2月9日火曜日

笑いの本質

少し前にサン=サーンスの「動物の謝肉祭」をTVで見た。
海外のオケの演奏で、曲間にナレーションが入る演出がなされたもの。
私も同様の演出で演奏した経験があり、興味深く見たが、これが実に興ざめする出来。
オケもソリストもリラックスしたいい演奏。悪いのはナレーション。
アメリカン・ジョーク満載でナレーションが構成されているのだ。
会場は大いに沸いているが、この感覚、神経は理解しがたいものがある。
この曲はいろんな曲のモティーフが転用された、ユーモアあふれる曲なんだけど、
そんな微笑ましさをぶち壊す不釣り合いな、悪趣味なナレーション。
やはり私はアメリカン・ジョークが嫌いなんだと改めて実感。

皮肉や風刺はいつの世も笑いの背景の一つだけど、そこに「粋」がなくちゃね。
相手を傷つけて、貶めて、自分が浮かび上がる笑いじゃなくて、
「どうしようもなさ」の中に、「実は私も同じなんだよ」っていうささやきがあって、
小さなものが大きなものを笑いながらも、どこかにつながりあっていたい思いがあって、
そんな優しさが根底にないと、言葉は刺々しさしか連れてこない。
談志は「落語は業の肯定」と一時期語っていたのは、実に本質をついていると思う。
他人のどうしようもなさを蔑んで、自分を愛するんじゃなくて、
他人のどうしようもなさを眺めながら、どうしようもない自分を愛する。
互いに幸せな気持ちになれなきゃ、本当の笑いなんて生まれない。

だから私はアメリカン・ジョークが嫌い。

あ、日本人でも嫌いな芸風、いっぱいありますよ。
他人をいじり倒すだけの芸はもちろんのこと、自分が楽しいだけの芸も嫌い。
「笑い」って「共生」の一つの形だと思うんです。


2016年2月7日日曜日

気の弱さと気づかいのなさは同居する。

ご無沙汰です。
出張から帰るなり、インフルエンザで寝込んでいました。10年ぶりです。
田舎から桁違いに人の多い所へ出かけたので、当然あり得ることで。
もうすっかり元気です。実質休みの無かった冬休みの延長をいただいたということで。

少し前に同業者たちと、休暇中や出張先に上司や同僚から電話が来るかと言う話に。
多くは「来ない」という事でしたが、私と何人かは「来る」。
特に私の場合は「頻繁に来る」。移動(運転)中だとわかっていても来る。
緊急性の高い案件なら仕方ないものの、どうでもいい話や後日でもいい話がほとんど。
今回もインフルエンザなので当然1週間の出勤停止なのですが、3日間何本も電話が。
こちらは熱が下がらずに寝ているわけですが、そういう状況を想像できないらしい。
病気でふらふらの人間が、枕元に携帯を置くことを前提に考えているなら、これは異常。
黙って寝かせておいてほしいと、かなりストレスを覚えました。

ちなみに私は同僚や上司の休暇や出張中に電話することはほとんどありません。
皆無に近いです。緊急はそう頻繁に起きるものではありません。
どこにいても気が休まらない思いを同僚にさせてはならないと考えています。
何かあっても、いる人間で考えて対応するのが第一選択です。

若い頃に務めた職場は大変な職場でした。
メンタルを病んで休みがちの人が常にいたのに加えて、体調を崩す同僚が続出。
毎日のようにそのフォローに追われ、早朝から深夜まで休憩なしで働いていました。
携帯も普及していなかった時代ですから今とは事情も異なりますが、
それでも簡単に電話なんかしませんでした。まずは休んでもらうのが第一だと。
「支えあい」と「頼りあい」は明確に区別していました。

職場では「ホウ・レン・ソウ」が大事とよく言われますが、
あれは「方針」「連携」「相互激励」であるべきだと聞いたことがあります。
よく言う「報告」「連絡」「相談」ではチームの底力がつかないと。

そんなことを床に臥せながら、ちょっと思い出していました。

2016年1月22日金曜日

都会と田舎の交差点にて

羽田です。出張を終えて、帰りの搭乗便待ち。
空港で飲むビールって、何でこんなに美味しいんだろう。
って言うか、公共交通機関で飲むビールって、何とも美味い。
3階から出発ロビーを見下ろすの、割と好きです。
みんな帰るんだなぁって。人の「暮らし」が滲んでるんですよ。なぜか。

久しぶりの東京。電車の窓から見える街並みはやっぱりごちゃごちゃしていて。
でも、どこもかしこもベランダに洗濯物が干してあって、
夕方になるとネオンよりも先にぼんやりとした家々の灯りがついて、
今日一日を埋めるようにじっと電車に揺られる人々がいて、
田舎も都会もおんなじ「暮らし」の中を人は生きてるんだなって。

駅や空港の待ち時間って、何だかそんなことを考えます。

不倫だ解散だってゲスな噂話で賑わう都会の片隅で、
田舎への帰り道にふと純情な気持ちになるというのも世の不思議。

2016年1月11日月曜日

地球に落ちてきた男。天へ。

「Let's  Dance」を初めて聴いた時、そのカッコよさにノックアウトされた。
友人たちはハードロックやメタルに熱中していたけど、私は断然こちらだった。
イントロのギターにテンションもグッと上がる「Modern Love」も大好きだった。
80年代の洒落たイギリスのロックのお手本がそこにあった。
サウンドのカッコよさだけじゃなく、ボーカリストとしてももちろん一流だった。
「This is not America」の歌声はいつ聴いても胸をうつものだった。

時代の移ろいを鮮やかに駆け抜けたロックスター。
私の青春とともにあったサウンドは、いつまでも色あせずに生き続ける。
さよなら、ボウイ。最後までカッコよかった!

2016年1月3日日曜日

さるかに合戦

申年の正月三が日ももう終わり。
締めくくりにカニ食べてます。
毎年ありがたいことに親父が送ってくれるんですよ。
今年は大ぶりの牡丹エビも一緒でした。
元日はお節つまんで飲んだくれ、2日はエビを肴に飲んだくれ、
3日はカニにかぶりついて飲んだくれ。
そう言えば、大晦日のお寿司にもオードブルにも、元日のお節にもアワビさんが。
北海道に生まれてよかったと実感する時の上位にランクインしている年末年始です。

明日から仕事始め。日常が帰ってきます。
柿の種で我慢しましょうか(笑)

2016年1月1日金曜日

オヤジの一番短い日

それは1月1日。

せめて今日だけはと朝寝坊して。
TVのお笑い番組をぼーっと見て。
若手中心でつまらなくなったあたりで初詣に出かけて。
あぁ、もうお昼かと雑煮を食べて。
お節つまんで昼酒飲んで。
いつの間にかTVの画面と違うところ見て。
いつの間にかTVの音声がどんどん遠のいて。
気がつけば横になって寝ていて。
気がつけば「寝ていた」と本当に気がついて。
そういえば飲んでたなとまた飲み始めて。
またうとうとして横になって。
あっと気がつけば日が暮れていて。
いつも通りに晩酌を始めて、いつも通りに眠くなって。
そんな繰り返しで一日が暮れていく。

1年で一番、短くて中身のない日。
それは1月1日。

皆様、あけましておめでとうございます。
今年も残り364日。どうかご贔屓に。