2015年11月25日水曜日

冬の朝は…

…重機の音で目が覚める。

いよいよ本格的な降雪シーズンの始まりである。
夜間に10cm以上の積雪があると、早朝から除雪車が出動する。
深々と雪が降った今朝は今季初出動。久しぶりの音で目が覚めた。

家の前を除雪車が通り過ぎる前に、家の周りの雪を道路へ出す。
そうすると、ついでに雪を持って行ってもらえる。
気の利いた運転手は、道路幅よりも少し広く、つまりは家の前も少し除雪してくれる。
スノーダンプ片手に除雪車へ深々とお辞儀する。
「朝からご苦労様です」と無言のメッセージを車中の運転手へ送る。このやり取りが大事。
そんな家の前を除雪車はついでに少しだけ除雪していってくれる。
朝寝坊している家の前には、雪を重機でどけた跡の小さな雪山が残される。
大した量ではないのだが、削り取った氷の塊も混じっているので、これが意外と重い。
出かける前の一仕事としては、片手間程度では済まない事態になってしまうのだ。
だから、遠くから低く小さく重機の音が聞こえたら、すぐに外へ出て雪かきをする。
重機の音とともに、まだ暗い田舎の町に人が次々と出てきて、一日の営みを始める。
凍り付いたように静かな北国の夜はこうして明けていく。

今年もそんな季節がやってきた。今週降った雪は、きっともう根雪になるだろう。

2015年11月22日日曜日

木を見て、森を見ず。

三連休の中日。吹奏楽の一般バンドのリハーサルのため上陸中。
夜のリハまでたっぷり時間があるので、久々の自由時間。
温泉でまったりした後は、馴染みの喫茶店でコーヒー飲みながら楽譜のチェック。
ハイティンク指揮の「ブラ1」がモニターに映し出され、つい手が止まる。
クラシック好きのマスターは、いつもサービスでいろいろ見せてくれる。
ついでにコーヒーもサービスしてくれる。

「ブラ1」が終わると、チェコフィルの「我が祖国」。
大抵の人は「モルダウ」は知っていても、それ以外の曲を知らなかったりする。
連作交響詩と銘打たれているように、他の曲と並んでこそ作品の真価がわかる。
あふれるばかりの祖国への想いが、単なるノスタルジーを超えて伝わってくる。
そもそも学校の音楽の授業では、どうして「モルダウ」だけを切り取って扱うのだろう。
描写性に富んだ作品だから、情景を思い浮かべながら聴かせるには格好なんだろうけど。
おまけに歌詞まで誰かがつけたものがクラス合唱の定番だったりする。
全部扱っていたら時数が足りなくなるんだろうけど、いいものは真価を味わってほしい。
クーベリックの伝説のコンサートを見て、その背景を学んで、楽曲も丸ごと味わって、
そうなりゃ、音楽というよりは総合的な学習だな。誰かきっとやってるんだろうけど。

「モルダウって、川の流れを表現した曲でしょ」
『そうだけど、スメタナがどうしてそれを曲にしたかったのかも知ってほしいな』

そんな会話をかつて子どもたちとしたことを思い出しながら、
オケの響きと何杯目かのコーヒーを味わう午後。

2015年11月21日土曜日

名横綱。早すぎた千秋楽。

「巨人・大鵬・卵焼き」って言いますが、私はもうちょっと後の世代で。
さしずめ「阪急・北の湖・卵焼き」ってとこですね。
(「江川・ピーマン・北の湖」って、ほとんど記憶にない。そんなのあったかなぁ)

北の湖さんの訃報に驚いております。早すぎるかな…と。
輪湖時代を経て千代の富士の登場までの大相撲を支え、
平成に入って不祥事に揺れる相撲協会の立て直しに奔走。
「憎らしいほど強い」と言われた横綱は「孤高の力士」だったのかもしれません。
そんな時代に選ばれた人っているんだなぁとつくづく感じさせられます。

それにしても卵焼きってロングセラーですね。
北の湖の名と功績も、長く人々の記憶に残ることでしょう。
道産子で相撲好きの私としては、何とも寂しい思いです。

2015年11月19日木曜日

忘れる。

ブログ始めて12年目。間もなく干支も一回り。
書いた記事は2300を超えました。
2回目の引っ越しで悩んだのが、過去記事のインポート。
前回はseesaaからfc2だったので、この問題は難なくクリア。
いわゆる「引っ越しのしやすさ」を売りにしていたのでfc2を選んだわけで。
でも、今回は「MTファイル→xmlファイル変換」という壁がありました。
手軽に変換できるプログラムがあったようなのですが、既にリンク切れ。
では、地味に一つひとつコピペして投稿しようかな…と試みましたが、
1日に大量の投稿を行おうとすると、スパム対策からか入力規制がかかる始末。
で、今回はあきらめました。

ま、過去は過去と言うことで。
「忘れること」が幸せに生きる秘訣と言う人もいることですし。

楽しいことを忘れてしまうから、人は楽しさを追い続ける。
苦しいことを忘れきれないから、人は苦しさから逃げ続ける。
「忘れること」の必然と難しさが、いいも悪いも人間らしさの根幹にある。
思いのままに忘れられないことが、人間のどうしようもなく面倒で、愛しい運命。

そんなことをふと思うわけです。

2015年11月17日火曜日

お披露目

のっけから野暮な話で恐縮でございますが、私、本日めでたく四十と八つと相成りました。
相撲の決まり手も48、花札の一組も48、ついでにアレも48…と、
48ってぇのは昔からキレと縁起のよろしい数とされてきたようであります。
ブログを始めて12年。みなさまに御愛顧いただきました私でございますが、
ここらでちょいとこちらの方に引っ越しをさせていただきまして、
ついでに名前も着替えさせていただきまして、引き続き楽しんでいただきたく思います。

それにしても手前味噌な話でございますが、なかなか粋な名前でございましょう。
旬風亭流眺といいますと、今や我が国では…私、一人でございます。

古くからの御贔屓のみなさまも、
道端の十円玉見つけたみたいに、通りすがりで覗いていただいた方々も、
どうか末永く、清く、正しいお付き合いのほどを。