2015年12月23日水曜日

顔を浮かべない言葉。顔の浮かばない言葉。

書き手、話し手の「想い」が真っ直ぐ届いてくる言葉。
なかなか出会えないものです。こんな商売をしていても。

同業者の話に立ち会う場面。
同業者の書いた文を目にする場面。
「誰が話して(書いて)いるんだろう」
「誰に話して(書いて)いるんだろう」

誰もができることじゃないとはわかっていても、
せめてこの商売やっている以上、そこではプロであってほしいと。
でも一番がっかりさせられるのは、それができない以上に、
そこへのこだわりが感じられないことです。

事務的かそうでないか。
心に響くか響かないか。
それは聴き手や読み手の「目」が教えてくれる。

同業者には当然のこととしてわかってほしいと、
師走の喧騒の中でいつも感じています。

2 件のコメント:

そら子 さんのコメント...

こんばんは。最近何だか気になる上、私は嫌だなあと思うことがあります。
どこの職場でも年度末に全職員が「卒業生に送る一言」を書くのですが、誰かの名言を書いておしまい、という方が激増していること……
自分のメッセージはないのだろうか?名言を使うにしても、それに付け足す自分の言葉はないのでしょうか?「だったら名言本を買って配ればいいのに……」と思う私はどうやら時代遅れ?!

旬風亭流眺 さんのコメント...

そら子先生、いらっしゃいませ。
所見に通信。あたりさわりのない言葉に、どこかで聞いた言葉のオンパレード。
文例集を見ているようで、よそよそしいことこの上なしです。
「師匠の言葉には力がありますな」とよく言われますが、借り物の言葉でなければ、自然とそうなるはずですがね…と答えてます。