2018年5月24日木曜日

通ってます。

島暮らしでなくなったので、昔から所属している吹奏楽団の練習に車で行ける私。
週3回の練習に2回は行ける。しっかりと練習できるのがうれしい。
春の演奏会まであと2週間。今年はプロの奏者をゲストに迎える。
学生時代に結構流行ったんだよね。この人の曲。
共演する4曲でドラム叩きます。私。

チョット力入りますよ。バッチリ決めたいね。

2018年5月21日月曜日

散歩

近くの道の駅へとカミさんとお昼を食べに出かけた帰り。
家の前まで戻ってくると、初老の夫婦がこちらを見て手を振っている。
最初に務めた学校でお世話になった保護者だった。
娘二人を担任し、その時々で私を支えてくれた夫婦。
カミさんと結婚した時も、母が亡くなった時もこの夫婦が応援してくれた。
よく見るとベビーカーを押している。孫を連れて散歩だとか。
私の教え子が結婚してすぐ近くに住んでいるという。
孫の面倒を見に来たついでに、懐かしくて私のもとを訪ねたとのこと。
相変わらず優しく、でもすっかり年をとった夫婦の顔を見て、年月を感じた。

天気も良かったので、カミさんと家の近くを散歩。
ようやく村のあちこちに桜の花が見え始めた。
よく整備された遊歩道を発見し、歩いていくと見事な桜並木に遭遇。
遊歩道は福祉施設や診療所、保育所までつながっているようだ。
なるほど、時折見かける保育所の子どもたちのお散歩コースでもあるらしい。
桜の花をめでながら散歩なんて、近頃そんな余裕もなかったので満足だった。

懐かしさと新しさに出会うことのできた日曜の午後だった。

2018年5月19日土曜日

水鏡

日本で三本の指に入る広い村だからね。
国道、道道、村道いろいろあるのよ。
交通量も少ないから、車で走っていても快適。
夕方、ちょいとドライブに出かけましたよ。

いちおう観光名所にはなっているけど人影もない沼。
鏡の様に動くことをやめた水面に夕暮れの景色が映る。
「静謐」と言うよりほかに表現が見つからない空気感に息をのむ。

写真では伝わらないけど、ブログの背景でおすそ分け。

2018年5月15日火曜日

魔界への誘い?

給食の箸を忘れて職員室に借りに来る生徒がいる。
とりあえずは礼儀正しくその旨を伝え、借りていくのだが、常連も多い様子。
すかさず声をかける私。

『どうした?箸忘れたか?』「はい、ちょっと…」
『そうか!今度忘れたら、先生と一緒に手で食べないか?』「えっ?」
『二人でインドに行っても困らないように手で食べようぜ』「ちょっとそれは…」
『どうせだったらカレーの日に忘れてこないか?』「いや、今度は持ってきます」
『おっ、明後日カレーうどんだぞ。明後日も忘れてこいよ!』「いや、もう忘れません」
『先生はきっと君が忘れてくる度に、毎回同じ絡みをするぞ』「はい、気を付けます」

数日後、再び箸を忘れてくると…

『おっ!また忘れたか。どうだい、一緒に手で食べないか?』「いやいや(笑)」

…と延々とバカげたやり取りが繰り返される。
ひと月が過ぎ、今ではちょっとした名物となりつつある。



そういえば、最初の頃のレギュラー陣。近頃顔を見せないなぁ。

2018年5月13日日曜日

人はつながる。つながり続ける。

4月最後の連休。野球部の練習試合を応援に近くの街へ。
この町、島に渡る前に暮らしていた街。
研究室と劇団員と休日返上で私のもとを訪れていた生徒たちのいた街。
野球部の子どもたちとも日が暮れるまで練習していた街。
試合が終わって帰ろうとすると「やっぱり先生でしょ!」と当時の保護者。
相手チームの応援席では「朔翁先生じゃないか?」って盛り上がっていたらしい。
この町を離れてから6年。今の親たちはほとんどが当時小学校の親だったのに。
なんだかとってもうれしかった。

昨日はバレー部の大会を応援にもう少し先の街へ。
島の子どもたちや先生も参加していて、元気な姿を見せてくれた。
その前の学校のバレー好きな公務捕さんとも再会できた。
会場はブログを始めた頃に勤めていた学校の在った地域。
懐かしくて町内会長さんたちの家に何軒か挨拶に立ち寄った。
学校の閉校式から5年。異動してからは9年ぶりの再会。
当時顔役だった年寄りたちはさらに年寄りになっていた。
もう船を下りてすっかり陸の人になった漁師さんもいた。
みんな目にうっすらと涙を浮かべて懐かしがってくれた。

「ウチのヤツが〇〇(今私がいる村)の生まれなんだよ。△△の◇◇って兄貴にあたるんだ」とか「7月に仲間とそっちの村に行く予定だから」なんて話も。

 
改めて、人っていろんなところでつながりあっていると実感させられる。

2018年5月12日土曜日

どこへ行ってもぶれずに。

「縁あって、この度こちらに…」とは絶対に挨拶しない私。
振り返ってみると、私の異動には何かしら使命がついて回る。
偶然ではなく必然。縁は赴いた後に築いていくもの。

今回の異動もずばりそう。
島の教育長から「地域と学校のつながりが求められている」と実情を聞いていた。
「この先生なら大丈夫だ」とも村の教育長にも早々と話してくれていたらしい。

日本で3本の指に入る広い村。自治会の数も当然多い。
学校からの案内文書はすべて郵送していたという。
会長さんの家がどこにあるのかも知らず、先生方は名前すら知らないという。
入学式の礼状を持って、全部の自治会長さんを訪ねて回った私。
名刺を渡し、挨拶すると驚かれた。「わざわざ丁寧にありがとうございます」と。
先日、そのうちのある方に学校で必要な物を作っていただくお願いをした。
商売でやっている方なので、(あまり予算はないけれど)当然お金を支払うつもりで。
見積もりを尋ねると「先生、材料代だけでいいよ!」と。
で、納品された物がまたいい出来で、再度請求額を尋ねると、
「先生、学校いくら出せるの?それでいいよ(笑)」との答え。何ともありがたい話。

土日の部活の練習試合にもふらりと出かけた私。
保護者のみなさんが私を見つけるなり驚いている。「教頭先生だ!」
少年団の夜間練習のお世話になっている子どもたちの陣中見舞いに行くと、ここでも
「わっ、教頭先生来てくれた!どうぞどうぞ。近くまで行って見てください」と保護者。

地域からの信頼回復は「付き合いの良さ」だけでは前進しない。
何より「任せて大丈夫」という安心感が学校の側になければならない。
それはずばり、チームとしてのまとまりや、一人一人の先生たちの力量の問題だ。
ふた月位は自称「お試し期間」ということで黙って見ていようかと思ったが、
こちらも予定を前倒ししてテコ入れを始めることにした。
激励や具体的な助言で、明るく開放的な空気を作ることに力点を置いているが、
何人かは既にカミナリを落とされた先生も。もちろんダメ出しの後のフォローも。
半端はやりません。大の大人が半泣きになるまで指導し、激励します。
その後の頑張りが見えたなら、これもまた半泣きになるまで評価します。
本気で頑張れる先生を、本気で育てる。

「本物の学校」づくりを「本気」で。

今度の学校でも、相変わらずそんな感じでやってます。

2018年5月9日水曜日

ひと月経ちました。

村人になっておよそひと月。
徐々に顔を覚えてもらっています。
先日、村で評判のパン屋さんに行くと、先客に挨拶されました。
(ごめんなさい。まだ、顔と名前が一致していないのヨ…)

村はね、とにかく静か。島よりも静かだな。

島に渡る前の学校…あの「研究室」で愛用していた手回しミルが再び登場。
仕事の合間に豆から挽いてコーヒーを楽しんでいます。
そうそう、あの頃、時々研究室に顔を出していた子の一人が村の職員に。
PTAの中には最初に務めた学校の教え子もチラホラ。
世の中狭いと実感しています。