2017年5月26日金曜日

バーボンをちょっとまた飲みたくなっています。

「流眺さんはワーグナー聴く?」
『聴きますよ。好きです』
「誰が振ったのが好きなの?」
『クナッパーツブッシュなんか好きですね』
「ガハハ!すごいね。流眺さんの年でクナッパーツブッシュとは!」


いつもバーボンが好きで飲んでいたその人と会った、最初の頃の会話。
仕事ぶりがよくなくて、あんまり評判良くなかった人だったけど、
不思議とそんな感じでかわいがってもらえた。
年上だけど、フラットに付き合わせてもらった。

ワーグナーとジャズが好きだったその人が突然いなくなってしまいました。

最近、思い出のある人が次々といなくなって、
ちょっとなぁ…ってな感じです。

示す。わからせる。

必ずきちんと整備されていなければならない資料。
毎年中身を精査し、きちんと整備されていなければならない資料。
誰が手にしても、それを読めば全てがわかるというクオリティが必要な資料。
分担して作成するにも、様式や観点、内容に統一性が求められる資料。
そういうものが、私たちの業界にはある。
このとても重要な資料を、アリバイ程度にしか考えずに作り続けると大変なことになる。
方針が明確でない所に、具体性・実効性のある手立ては生まれない。

ここ数年でウチの職場のこの「資料」の内容は惨憺たるものに。責任の所在は明白。
上の人間が「形にはこだわらない」といった結果がこれ。
「とりあえずあるものかき集めて作ればいいから」といった結果がこれ。
「形にこだわらない」ことと「型をもたない」ことは違う。
内容の不統一、欠落、日本語の間違い、数字の間違い…無神経にもほどがある。
なるほど。これじゃいい仕事できるわけない。信用得られるわけがない。
私が来る前からゴタゴタ続きだったのも当然だ。


我慢できずに、今年はすべて手を入れました。
締め切りまでに原稿を上げない人間はあてにせず、一から作り直しました。
質の低下とともにページ数も減っていた資料は、倍のページ数で仕上がりました。
でも、必要なことを要点を整理し、読みやすく編集したので大丈夫です。
どこへ出しても恥ずかしくないレヴェルの資料です。

若手諸君よ。ぜひこれを読んで勉強しなさい。
「こうやって作ればいいんだ」と学びなさい。

年だけを無駄にとった諸君よ。これを読んで反省しなさい。
能書きだけで、何もできていない現実に打ちのめされなさい。


私はやりましたよ。できましたよ。
誰にも文句は言わせないぞ。

2017年5月24日水曜日

釣りに行きたい。

今年はヤリイカがめぐってこない模様。
一度も出かけないうちに、終わってしまうのだろうか。
私は地味にウキ釣りで晩酌の肴程度にしか釣らなかったけど、
誰もが発泡箱に詰めて地方へ発送していたほどの昨年の豊漁ぶりはいずこへ…。

代わりに今年は「ガヤ」が釣れまくっているそうだ。

正しくはエゾメバル。
昔はウジャウジャ釣れたそうだ。ゆえに「ガヤ」という俗称がついたとか。
今年はガヤガヤと釣れているらしい。
ワームという疑似餌をつけてキャスティングすると、1分以内に食いついてくる。
煮魚にすると実にうまい。ぶつ切りにして味噌汁にしてもうまい。

ただいま多忙につき、釣りへ行けない私。
明日あたり、残業放り出して夜釣りに出かけようかな。

2017年5月20日土曜日

本質

「流眺さんがいるから」

自分の仕事ぶりをかいかぶる気はないけれど、
わかる人はわかっている。見る人は見ている。

だから私は頑張れる。

2017年5月17日水曜日

天下の怒り役、目覚める。

「これが君らの全力かい?」


全校生と先生たちを前に、中途半端な、ぬるい頑張りを切り捨てる。
ウチの親分だったら、上っ面の褒め言葉や期待を並べ立てただろうに。
私はそこを見逃さない。許さない。放っておかない。
緩い雰囲気が支配し、教師も生徒も気が抜けた話し合いの最後に一言。
「先生お願いします」と司会を務めた生徒に、
「何を話せばいいんだい?」と問い直した後、本音を語った私。
「当たり障りのないことを話して場をしめればいいのかい?
 それとも本当のことを話してほしいのかい?どっちがいい?」
動揺するその子が「これからのためにお願いします」と返事を絞り出す。
それを受けて、淡々と語る。


「できないことをやれとは言わない。できるのにやらないのが問題だ」
「話し合いとおしゃべりは違う。楽しいこととだらしがないのは違う」
「君らを見て、よくやった、頑張れと応援する気にはならない」
「それぞれが役割を果たせない時、年が上の者ほど責任は重い」
「下級生よりも上級生、さらに周りで支える大人が強く反省すべきだ」


場が凍り付く。子どもも先生たちも青ざめている。
石を投げられようとも、絶対に引かない、譲らない覚悟で語る。
許せないことは許さない。決して曖昧にしない。
後に続く者を本当に伸ばそうと思う時、先を行く者はきちんと壁になるべきだ。

本当に叱ること。本当に叱られること。

「本当」を今日はちょっとだけ教えてあげました。

2017年5月4日木曜日

スイッチ入れます。

6連休の序盤2日を実質フルタイム勤務した私。
今日は意地で1日休みました。

ホントは上の人たちがやらなきゃいけないような仕事まで回ってくる近頃。
「それはアンタの仕事でしょ」ってこと、いっぱいあるんだけどね。
でも、ここ数日で腹くくった私。

完璧な仕事ぶりで、文句言わせねぇぞ。
力の差、見せつけて、デカい顔させねぇぞ。

結局のところ、やらない人間じゃなくて、やる人間が世の中支えてる。
やらない人間に、物を語る資格なんてねぇ。
ここは譲らねぇぞ。


見てるやつは見てる。誰の仕事か、誰のおかげか、ちゃんと見てる。
力の無さ、わからせてやるぞ。

2017年4月30日日曜日

古い記憶との再会

何がゴールデンだ!
…と近頃では憤慨することも忘れた流眺でございます。
連休はずっと留守番です。先にがっちりと休暇を取られてしまったので、なすすべなし。
2日から7日までの休暇なんですよ。今回、ウチの職場は。
3日から8日まで留守にすることを「後半休むから」とウチの親分は言ってのける。
1/2という分数の概念を再履修した方がいい馬鹿さ加減である。
ちなみにここ数年、北海道は五月連休の天候が今一つである。
理由は簡単。私が休めない連休だからである(笑)みなさんご苦労さん。

相変わらず忙しいんですけどね。少しずつ本は読むようにしています。
今は渥美清さんに関する本を読んでます。
あの人も「天才の孤独」の中を生きた人なんでしょうね。



少し前に出張があった折の話。
懇親会もセットされていたんですが、その流れでかれこれ三次会で行った店。
20年以上前の教え子が働いていてビックリ。「流眺!」と連呼されましたよ。
いろいろあって教室から足が遠のいていた子。担任にも懐けなかった子。
副担だったんだけど、随分と声をかけたらしい。
「らしい」と書いたのは、私の記憶以上に、その子が覚えていたから。

「〇〇先生に叩かれそうになったのを体張って止めてくれた。怒り返してくれた」
「その後、腹立ってこっそりコンクリの壁パンチしてたしょ。元祖壁ドン(笑)」

ずっと記憶の底に埋もれていた時間を、その子は鮮明に懐かしく語る。
「流眺、一生懸命だったよね。ホント世話になったよね。親になってホント思うよ」
今はシングルになって、少し障がいのある子どもを育てているという。
投げやりな言葉ばかり口にしていた女の子は、責任の重さと戦う大人になっていた。
大人同士の再会を約束して、午前3時に「看板」となった。

がんばれ、がんばれ。
俺もがんばる。