2017年6月11日日曜日

キンキン

6月です。
信じられないでしょうが、気温が一桁です。
雨も風も強く、近隣では運動会が次々と延期になっています。
6月の北海道。寒いです。

眼鏡を新調しました。
物を少し遠ざけて見なければならなくなったので。
元々は近視に乱視が入っていた私。これに遠視って訳がわからん。
管理職になる時にデスクワークが増えるからと眼鏡を作り、早5年。
その間に目は確実に年老いたようです。
「遠近両用」デビューかな…と思ったら「近近両用」でした。
遠くを見るのがメインで、たまに手元を見るためのレンズが「遠近」。
手元を見るのがメインで、たまに遠くを見るのは「近近」なんだそうです。
パソコン仕事が多い私は「近近」がいいとのこと。
「近近」の眼鏡が2日ほど前に出来上がり、手元に届きました。おまっとさんでした!
ブルーカットレンズの性能もこの5年で相当進化したようで。
でも慣れるまで、少しかかりそうです。

2017年6月7日水曜日

まだまだ現役。

今年の春の演奏会も無事終了。

打ち上げで飲みながら、いつものようにアンケートを読む。
ドラム、ティンパニ、シンバル、タンバリンが良かったとの声多数。
全部、吾輩のこと。そうかい、良かったかい。

変拍子とサムロール(親指で演奏するロール奏法)の連続のタンバリンが特に好評。
一見、地味な楽器をかっこよく演奏する。クールだよね。

2017年5月26日金曜日

バーボンをちょっとまた飲みたくなっています。

「流眺さんはワーグナー聴く?」
『聴きますよ。好きです』
「誰が振ったのが好きなの?」
『クナッパーツブッシュなんか好きですね』
「ガハハ!すごいね。流眺さんの年でクナッパーツブッシュとは!」


いつもバーボンが好きで飲んでいたその人と会った、最初の頃の会話。
仕事ぶりがよくなくて、あんまり評判良くなかった人だったけど、
不思議とそんな感じでかわいがってもらえた。
年上だけど、フラットに付き合わせてもらった。

ワーグナーとジャズが好きだったその人が突然いなくなってしまいました。

最近、思い出のある人が次々といなくなって、
ちょっとなぁ…ってな感じです。

示す。わからせる。

必ずきちんと整備されていなければならない資料。
毎年中身を精査し、きちんと整備されていなければならない資料。
誰が手にしても、それを読めば全てがわかるというクオリティが必要な資料。
分担して作成するにも、様式や観点、内容に統一性が求められる資料。
そういうものが、私たちの業界にはある。
このとても重要な資料を、アリバイ程度にしか考えずに作り続けると大変なことになる。
方針が明確でない所に、具体性・実効性のある手立ては生まれない。

ここ数年でウチの職場のこの「資料」の内容は惨憺たるものに。責任の所在は明白。
上の人間が「形にはこだわらない」といった結果がこれ。
「とりあえずあるものかき集めて作ればいいから」といった結果がこれ。
「形にこだわらない」ことと「型をもたない」ことは違う。
内容の不統一、欠落、日本語の間違い、数字の間違い…無神経にもほどがある。
なるほど。これじゃいい仕事できるわけない。信用得られるわけがない。
私が来る前からゴタゴタ続きだったのも当然だ。


我慢できずに、今年はすべて手を入れました。
締め切りまでに原稿を上げない人間はあてにせず、一から作り直しました。
質の低下とともにページ数も減っていた資料は、倍のページ数で仕上がりました。
でも、必要なことを要点を整理し、読みやすく編集したので大丈夫です。
どこへ出しても恥ずかしくないレヴェルの資料です。

若手諸君よ。ぜひこれを読んで勉強しなさい。
「こうやって作ればいいんだ」と学びなさい。

年だけを無駄にとった諸君よ。これを読んで反省しなさい。
能書きだけで、何もできていない現実に打ちのめされなさい。


私はやりましたよ。できましたよ。
誰にも文句は言わせないぞ。

2017年5月24日水曜日

釣りに行きたい。

今年はヤリイカがめぐってこない模様。
一度も出かけないうちに、終わってしまうのだろうか。
私は地味にウキ釣りで晩酌の肴程度にしか釣らなかったけど、
誰もが発泡箱に詰めて地方へ発送していたほどの昨年の豊漁ぶりはいずこへ…。

代わりに今年は「ガヤ」が釣れまくっているそうだ。

正しくはエゾメバル。
昔はウジャウジャ釣れたそうだ。ゆえに「ガヤ」という俗称がついたとか。
今年はガヤガヤと釣れているらしい。
ワームという疑似餌をつけてキャスティングすると、1分以内に食いついてくる。
煮魚にすると実にうまい。ぶつ切りにして味噌汁にしてもうまい。

ただいま多忙につき、釣りへ行けない私。
明日あたり、残業放り出して夜釣りに出かけようかな。

2017年5月20日土曜日

本質

「流眺さんがいるから」

自分の仕事ぶりをかいかぶる気はないけれど、
わかる人はわかっている。見る人は見ている。

だから私は頑張れる。

2017年5月17日水曜日

天下の怒り役、目覚める。

「これが君らの全力かい?」


全校生と先生たちを前に、中途半端な、ぬるい頑張りを切り捨てる。
ウチの親分だったら、上っ面の褒め言葉や期待を並べ立てただろうに。
私はそこを見逃さない。許さない。放っておかない。
緩い雰囲気が支配し、教師も生徒も気が抜けた話し合いの最後に一言。
「先生お願いします」と司会を務めた生徒に、
「何を話せばいいんだい?」と問い直した後、本音を語った私。
「当たり障りのないことを話して場をしめればいいのかい?
 それとも本当のことを話してほしいのかい?どっちがいい?」
動揺するその子が「これからのためにお願いします」と返事を絞り出す。
それを受けて、淡々と語る。


「できないことをやれとは言わない。できるのにやらないのが問題だ」
「話し合いとおしゃべりは違う。楽しいこととだらしがないのは違う」
「君らを見て、よくやった、頑張れと応援する気にはならない」
「それぞれが役割を果たせない時、年が上の者ほど責任は重い」
「下級生よりも上級生、さらに周りで支える大人が強く反省すべきだ」


場が凍り付く。子どもも先生たちも青ざめている。
石を投げられようとも、絶対に引かない、譲らない覚悟で語る。
許せないことは許さない。決して曖昧にしない。
後に続く者を本当に伸ばそうと思う時、先を行く者はきちんと壁になるべきだ。

本当に叱ること。本当に叱られること。

「本当」を今日はちょっとだけ教えてあげました。